噂の代償②
おかあさん、おかあさん。
おそとにでたいの。
おともだちといっしょにあそびたい。
ねえ、おかあさん。
どうしておそとにでたらいけないの?
小さな女の子が泣いている。
黒髪が覆う細い肩を大きく上下させて、大粒の涙をこぼしている。
女の子の目の前で膝をついているのは、彼女にそっくりな美しい顔立ちの母親。
母親は嘆く娘を必死に抱きしめ、なにやら喚き散らしている。
早口すぎる母親の言葉は、まるで呪文のように娘に絡みついていく。
『許さない』
『捨てないで』
『どこに行くの』
『どうして私を置いていくの』
散々娘を縛りつけて喚き散らした母親は、娘が12になった頃流行病で亡くなった。
賢母と噂された実母を失っても、娘は涙一粒零さなかった。
一言「やっと解放されたのね」と、誰にともなく娘は呟いただけだった。
窓から差し込む朝日の眩しさを感じつつ、今しがた目覚めたレオナはぼんやりと天蓋を見遣る。
細かい刺繍の施されたレースを、幾重にも重ねた贅沢な代物だ。
朝日に反射すれば、まるで宝石のように輝く。
朝独特の清々しい空気が、すでに気鬱なレオナを少しばかり癒してくれる。
けだるい手を動かし目元にやれば、やはり湿った跡。
腫れあがっていなければいいのだけど、と彼女はため息をついた。
久しぶりに昔の夢を見た。
ここ数年ずっと見ることはなかったのに、今更になってうなされるとは思いもしなかった。
原因は間違いなく昨晩の夜会だろう。
「レオナ、王妃になってくれまいか?」
そういった瞬間の国王が、母親の影と重なった。
すっかり忘れていたと思っていたのに、どうやらまだ心の奥底に眠っていたようだ。
もう束縛された生活などしたくはない、そう思うのは我儘なんだろうか。
王族は嫌いだ。
父親だという男が王族だったから。
だから王族の伴侶など、母と似たような道に進むなどまっぴらだ。
レオナは母親も好きではなかったが、父親は大嫌いだった。
無論その血を引く自分も好きではない。
レオナの陰鬱な思いはますます募るばかりだった。
そして先の見えぬ不安に体が震えてしまう。
これからどうすればいいんだろう。
どう振舞っていけばいいのだろうか。
もはやなにをどうすればいいのかすら、分からないのが正直なところだ。
逃げ出したいという気持ちは変わらずレオナの中にあるのだが、その算段はどうすべきなのか分からなくなってしまった。
そもそも地道に築いていた【側室レオナ・フライト】が王妃に望まれるなど、想定外もいいところだった。
一体国王はなにも思って、ひどい噂ばかりの側室など気にかけてしまったのか。
普段から口数の少ない国王がなにを考えているかなど、レオナには知る由もない。
ただこの事態は、彼に近づくことにすら抵抗を感じていたレオナが引き起こした、安直な計画の産物であるのは間違いなかった。
今レオナの心は2つに別れている。
もういい加減受け入れるべきなんじゃないだろうかと思う心と、最後まで抵抗すべきだという心。
激しきせめぎ合っている感情はいずれも強い。