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噂の側室  作者: ジグマ
本編
22/48

噂される以前の彼女⑦

王城に通じる中庭の片隅に、レオナは腰を下ろしていた。

少し離れたところにいるのは近衛兵だ。


そのつい数刻前、レオナは侍女のアリーチェを呼び、少し中庭を散策したいといってみたのだ。

ならば共にするとアリーチェは返答したが、今日くらいは一人にしてくれと懇願した。

なかなか首を縦に振ってくれないアリーチェに、必死に懇願してようやく承諾してもらう。

ただし、中庭入口付近の近衛兵から目の届く範囲にしてくださいとアリーチェはいった。



ぼんやりと手入れのされた中庭を見遣る。

いたる所に花壇が置かれ、色とりどりの花たちが咲き誇っていた。


レオナにとっては見たこともない極上の花ばかり。

管理された場所で育てられている花たちはやはり、可憐さより艶やかさが目立つものが多いようだ。

庭の中央に設置されている人口の池には、見目麗しい観賞魚が自由に泳いでいる。


本当にどれもこれも、今までのレオナが接する機会などなかった絢爛豪華なものばかり。

本来なら愛でるべきもの。

けれど今のレオナにとっては、さらに孤独に苛まれる感覚しかなかった。


溜息をつく。

一体なんの溜息だったのか、レオナ本人にもわからない。

膝を折り、スカートが捲れ上がるのも気にせず、現実から守るように体を丸めこむ。



「どこか気分でも?」


そのままどれほど経ったか、いきなり声をかけられた。

低いながら、柔らかい印象を与える男の声だ。

膝に埋めた顔を上げる気にはなれず、レオナはそのまま返事を返す。


「…いいえ」

「では、いかがされた?」

「どうぞ、ご心配なく」


無愛想に返すレオナは、明らかに話しかけてほしくない雰囲気を醸し出していたが、相手には伝わらなかったらしい。

衣擦れの音がして、男が隣に座ったのだと察した。


「貴女を本日側室として参られたレオナ・フライト殿とお見受けするが、人違いであろうか?」

「……いいえ」

「ここには望んで来られたと聞いてるが、なに故そのように塞いでおられる」

「望んで…?」

「望んだ故に参られたのであろう?」

「………さようにございますね」


もうゼルフが手を回した結果なのだろうか。

少なくてもすでにここには、レオナ自ら望んできたと伝わっているらしい。

反論する気力も起きず、けれど笑いだけはこみ上げてきた。


一体誰が望んで、ここまできたというのか。

拒むことも許されず、受け入れることしか許されず。

居場所だった修道院も焼かれ、炎に焼かれた修道女たちの悲鳴が今も耳に残っている。

民のための法律もレオナを守ってはくれず、逆手にとられ一層きつく締め上げられた。


逃げ出そうにも、味方一人いないこの城を抜け出すのは不可能だ。

ゼルフの目がどこにあるかもわからない今はとくに、話す相手も言葉も慎重にならねばならない。

けれどこのがんじがらめの状態で、レオナは生きていかなくてはいけないのだ。


一しきり笑ったら、今度は泣けてきた。


「なぜ泣きなさる?」

「……くだらぬ理由です」


さらにレオナは体を丸めこむ。

隣に座っている男をも拒絶するかのように。



ゼルフのやり方は見事だと、改めて思う。


ゼルフが宰相の私兵団だというからには、最低宰相にはレオナや修道院については報告済みでだろう。

宰相は国の中でも指折りの高い位なのは、レオナだってしっている。

最悪国王までこの話が承知していたことを考えれば、直訴などできるわけもない。

焼き打ちすら同意できる王ならば、ついでの口止めと称して村を処分しないとも限らない。


賢王だという現国王だが、人は綺麗な部分だけではないことをレオナは痛いくらい知っている。

母もそうだった。

愛情という楔でレオナを締め上げていたが、周りはそれに気づいてはくれず賢母だといっていた。

レオナ自身もそうだ、自分の中に闇を飼っている。



仮に国王が白だったとして、ゼルフを含め関わったものが処分されることになったとしても、彼はどんな手段を使っても村だけは焼き払うだろう。

そこには損得勘定はなく、約束を違えたレオナに対する単なる報復としてだ。


堕ちる原因を作ったものを、彼は易々と許せる人間ではない。

一緒に地獄に落とすことはできずとも、それ相応の痛みを相手に与えないと気が済まぬ、そういう人間だ。

王都までの1ヵ月、ゼルフの人間性をレオナは冷静に判断していた。


たぶんレオナを迎えに来たときに連れ立っていた2人は、今も村にいるのだろう。

なにかあれば即村を処分できるようにと。



つまり王に進言したとして結果がどうあれ、村に何らかの被害が及ぶと確率が非常に高いということ。

そしてこれがレオナにとっては一番精神的にきつい。


レオナは自らのせいで、親しい人たちが怪我をするのがなによりも嫌なのだ。

修道院の一件で、とくに浮き彫りになった。

一生消えない傷を、一生癒えない傷をつけられる。それがなによりも怖い。

今でも負った傷が癒えていないのに、また新しい傷を背負って生きていくほどレオナは強くもない。


周囲に助けを求めたいと、何度も思う。

けれどゼルフに植えつけられた恐怖が、燃え盛る修道院の悪夢が、伸ばそうとするレオナの手を切り裂く。

誰の手も借りるなと、村を危惧するもう一人の自分が話しかけてくる。


最悪なのは、ゼルフはそんなレオナの内面を的確に捉えていることだ。

だからこの件が諸刃だと彼女がいったところで、ゼルフは平然としていられたのだ。

なにがレオナにとって耐えきれないことなのかを、きちんと把握している。

掲げた諸刃の剣は重すぎて、傷つくことも傷つけることも恐れる彼女では扱えぬと知っている。



「…さて、そろそろ私は戻らねば」


隣から呟きと衣擦れの音がして、レオナの意識が現実に戻った。

座っていた男が立ち上がったのだろう。

さらに上から声がかかる。


「ここは少し冷える。風邪を引く前に部屋に戻られよ」


そのまもなく、ぱさりとレオナのむき出しの肩に肩に温かいものが掛けられた。

久方ぶりの人の温かさは、弱った心にひどく浸透するようだ。

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