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噂の側室  作者: ジグマ
本編
18/48

噂される以前の彼女③

太陽が一番高く掲げられている時刻、レオナが暮らす修道院に王都からの使者だという男が到着した。

4頭の馬で引く馬車は、このあたりでは見たことがないほど立派で大きな作りだった。


馬車から下りてきたのは、意外にも年若い男。宰相の私兵団団長だという。

ゼルフと名乗ったその男の背後には、2人の団員と思われる男が控えている。

穏やかそうな優男風の顔立ちだが、その視線は冷ややかだ。


修道院の前で出迎えていたレオナは、ゼルフの寄こす視線に身を震わせていた。

あの瞳には底知れぬ迫力がある、あまり関わるべきではないと本能が警告しているようだった。



挨拶もそこそこに、レオナは彼を応接間に案内する。

向かい合わせのソファーの奥にゼルフは腰を下ろした。

その間にレオナは紅茶を淹れ、内密に話がしたいと言われたので人払いも済ませる。

ようやく彼女がソファーに座ったのを確認し、早速ゼルフは切り出してきた。


「レオナ様にはご側室として、必ず城に上がっていただきます」


ずいぶん強い口調でいわれれば、レオナは一瞬呆気にとられてしまった。

けれどすぐさま呆けた顔を引き締める。

このまま流されてなるものかと、レオナは膝の上に置かれた手で握り拳を作った。


「わたくしは修道女にございます。たとえお相手が国王陛下様といえど、婚姻関係を結ぶ気などございません」

「申し訳ございませんが、レオナ様に上がっていただくことは決定事項です。たとえレオナ様ご本人からの異論だろうと、認められません」


帰ってきた言葉に驚愕する。

そういってのけたゼルフは、至極にこやかながら目が笑っていなかった。


レオナの背筋に冷たいものが走る。

得体の知れない恐怖が、心の底から沸き起こってくる。

けれど今ここで絶対に負けるなと、必死に自分に言い聞かす。


「……決定事項と申されましても、国の法律で拒否することは認められているはずです。わたくしが望まぬ限り、王城に上がることはないかと」

「ええまあ、それはそうです。さすが修道女様々といった清い反論ですね。では逆に…」


なにがおもしろいのか、ゼルフはくすりと笑う。


「レオナ様が望んでくだされば問題ない、ということですよね? ご側室として召し上がっていただける、と」

「わたくしは、このような婚姻は望みません」

「ならば望んでいただきましょう」

「ですから…!」


そんなつもりはないのだと、レオナは少し語尾を荒げる。

ゼルフは変わらず、にこやかに笑っていた。

レオナの首を縦に振らせるなど、容易いことなのだといわんばかりのその顔。


「レオナ様自ら望んでいただけぬのならば、この修道院を焼き払います」

「……は?」


よく聞き取れなかった、そう思うことにする。

だからレオナはただ、目を見開いてゼルフを見るばかり。


「足りないようでしたら、修道女の皆さまの御命もいただきましょう」

「……なにを…」

「それでもまだ首を縦に振っていただけぬようでしたら、この村を村人ごと焼き払いますが」

「なにを馬鹿なことを…!」


思わずレオナは立ち上がる。

激しく憤っている彼女を前にしても、ゼルフはその態度を一切乱さなかった。

それどころか一層にこやかに、彼は笑うのだ。

そこには『これは脅しではなく、本気だ』という意思が見え隠れしている。


「いかかでしょう、レオナ様?」


きっとゼルフは、レオナを王城に召し上げるだろう。

否、間違いなく彼は実行する。

それこそどんなことをしても、だ。


ゼルフは的確にレオナの弱みを突いてくる。

けれどレオナにはどう反撃すべきかわからない。


今まで争いなどなかったこの田舎暮らしでは、国が定めた法律があるくらいの知識しかなく、実際どう異議を申し立てればいいのか分からないのだ。

隣町には裁判所があると聞くが、自給自足の生活に満足していたことで隣町がどこにあるかも知らない。

動くに動けない。

つまりは、従うしかないということ。


「…わたくしにそんな価値などありません」


レオナは苦し紛れにそう呟く。

これが彼女にできる、最後の抵抗だった。


「その判断を下すのは、残念ながら貴女ではありません。もちろん私でもありません」

「………」

「もう一度お聞きします。城に上がっていただけますね?」


苦々しい思いで、レオナはゼルフを睨みつける。

そしてこんな血を引いてしまったばかりにと、彼女は自身を呪うしかなかった。


なにが先々代の王の血だ、尊い王族の血なんだというのだ。

物心ついたときからずっと、苦痛しか与えてこなかったくせに。

一体どこまで縛りつければ気が済むというのか。


修道院を盾に取られ、法を逆手に取られ、いよいよ逃げ場などないのだと気がつく。

レオナは唇を噛み締め、頷くしか出来なかった。

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