噂される以前の彼女②
フォレスタ国の北西に位置する小さな村の修道院で、レオナは静かに生きていた。
朝、日が昇ると同時にレオナは起き出す。
着替えを済ませると、サイドテーブルに置いてある十字架に朝の祈りを捧げる。
その後他の修道女たちと礼拝堂にてミサを行い、簡単な朝食を済ませる。
午前中は、教会の講堂で村の子供たちに読み書きを教えるのがレオナの仕事だ。
さまざまな年齢の子供たちがやってくるので、かなりに忙しいが楽しくもある。
昼食と昼の祈りを済ませた午後は、教会の裏手にある農場で畑の世話をする。
やがて日が暮れると修道院に戻り、晩の祈りを捧げ夕食をとる。
とても華やかとはいえない質素で清貧な生活。
雅なドレスもなければ、化粧することもないが、それでもレオナはこの生活が好きだった。
ある種依存していた、といっても過言ではないだろう。
そしてこれからもずっと続く生活だと、疑いもしなかった。
その思いに亀裂を入れたのは、ある日突然送られてきた封筒。
院長室に呼ばれたレオナは、その封筒を受け取る。
裏返してみると、獅子をかたどったデザインの蝋印。
たまに見る、王都から送られてくるものと同じものだった。
こんな田舎暮らしの修道女に、一体何の用だろうか。
そう思う一方で、なんとなくその内容を察してしまう。
レオナは、自身が先々代の王の血を引いていることを知っている。
毎日毎日飽きもせず、母親に気が狂うほど言われて育ってきたからだ。
けれどあくまで、数多くいる先々代の庶子の一人。
では今になってなぜか。
その答えもすぐに察した。
間違いなく現国王が原因だろう。
2年前に即位したという若い王は、いまだに王妃を娶らず側室すらいないと聞く。
それが最近になってようやく、数人の側室を迎えるらしいという。
古い歴史のある国は、血統を大事とする。
とくに王族の、国王になるべき人物は直系に近いものがいいとされる。
フォレスタもその例外ではない。
つまり、年齢的にもちょうど良かったレオナは買われたのだろう。
この身に流れる、憎々しい先々代の王の血を。
自身の推測を確かなものにするために、レオナは院長から受け取ったペーパーナイフで封を開ける。
几帳面に折られた書簡を取り出して広げ、静かに目を通した。
ずいぶんと仰々しい言葉ではじまっていたその内容はやはり、レオナが推測した通り、国王の側室として王宮に召し上がれとの御達しだった。
「レオナ、なんて書かれてあったの?」
書簡を手に微動だにせずにいたレオナに、院長が声をかけてきた。
院長もレオナが王族の血を引いていると知っている。
ある程度は察しがついているに違いない。
レオナは持っていた書簡を院長に差し出した。
「どうぞお読みになってください」
書簡を受け取り、院長は目を通す。
「貴女に、側室として城に上がれと…。明日使者の方がみえるのね」
「そのようです。けれどわたくしは修道女ですから、このお話はお断りさせていただくつもりです」
「貴女がそういうなら、私からはなにもいわないわ」
「…すみません、ご迷惑をかけて」
「まあ、おかしなことを。なにも迷惑なんてかかっていないでしょうに」
俯くレオナに、院長は柔らかい笑顔を向ける。
そっとレオナの頬に手を当てて、その視線を合わせる。
「ねえレオナ、そんな顔してないで笑ってちょうだい」
「………」
「とびっきりの美人がもったいないわ。私、笑っているレオナが好きよ」
ここは、この修道院はようやく見つけたレオナの居場所だった。
ずっとこの場所でこの先も生きていくのだと、安心していた。
やっと解放されたと思っていた。
けれどどうにもこの体に流れる血は、それを許す気はないらしい。
レオナは上手く笑おうとしたけれど、顔が泣きそうにばかり歪んでしまった。




