動き始める噂⑤
【側室レオナ・フライト】とは如何なる人物か?
と問われれば。
その姿見だけならば、堂々と咲き誇る薔薇のような美女、と城にいる人間はいうだろう。
どこか儚い印象を与える、腰まで伸びた艶やかな黒髪。
対象的に華やかに整ったその顔立ちは、吊り目がちな瞳によって勝気な印象をも他者に与える。
見渡す双眸は瑠璃色だ。
女性特有の柔らかな丸みを帯びている、ほっそりとした小柄な体。
白い喉から紡ぎだされる声は、見事なソプラノだ。
常にきっちりと施された化粧と、煌びやかな衣装を隙なく身につけている。
なにより他者に媚びるような甘ったるい頬笑みが、一番印象深いだろう。
一方で、その内面は聡いとはとてもいえぬ側室だともいわれている。
政治の話になると、困ったような顔をすることが多く、わからないとわんばかりに口数が減るからだ。
その場の空気にそぐわぬ発言だと、判断ができないことも多々ある。
総評すると妖艶さだけが魅力の、おつむの弱い着飾り側室。
その彼女が半刻も経たぬ前には、血の気を失い泣きそうな顔をし、今は真っ赤になって俯いている。
ドレスを脱がされ、あまつコルセットすら外されたことが心底恥ずかしかったらしい。
羞恥で小さくなっている彼女を、誰があの噂の側室だと思うだろうか。
そんなレオナを見兼ねて、ここに運んでくる際、レオナ本人が苦しいと呟いたからの処置だったとクライストは告げる。
相変わらず真っ赤に頬を染めたまま、レオナは申し訳なさそうに謝るばかりだった。
倒れたあとで気が弱っているのか、もしくは混乱しているのか、いつもの国王クライストに対する態度よりよっぽどしおらしい。
「陛下、そろそろ夜会に戻られませんと…」
淡々とクライストに見つめられることに居心地の悪さを感じたのか、レオナから切り出してきた。
まっすぐにレオナを見るクライストの視線とは対照的に、彼女の視線は少し伏せられ困惑の色がにじみ出ている。
これは自分と彼女との温度差なのだろうかと思えば、なんだか面白くなかった。
彼女に好かれている、などとは思ってはいない。
レオナは自ら望んで側室になったわけではない、唯一の女性だと知っている。
だからレオナが王城に上がる前にいた修道院に戻りたがっていることも知っているし、この一件で彼女の王族嫌いが断固たるものになったと推測も容易かった。
それでももう、クライストが正式な夫なのは事実だ。
「あの、陛下…?」
一言も返事をせず、身じろぎ一つしないクライストに、再度レオナが声をかけてくる。
相変わらず伏し目がちだったので、ちっとも面白くなかった。
いずれレオナと一度きちんと話をせねばならないと思いつつ、彼女が倒れたばかりの今はその時期ではない。
ようやくクライストはその腰を持ち上げた。
「戻る。貴女は今少し休まれよ」
廊下まで見送るというレオナを制し、クライストは部屋を後にしてまもなく気がついた。
自分の体から少し、薔薇の匂いがする。
彼女が漂わせていた香りが移ったようだった。
美しい花にはトゲがあるというが、まさにレオナそのものだと思う。
一見クライストを受け入れているようなレオナだが、その内には一歩たりとも入れさせぬと拒絶のトゲを生やしている。
「すまない」
ぽつりとクライストが呟いた。
誰に伝わるわけもなく、言葉は廊下の暗闇に吸い込まれていった。