動き始める噂④
なぜ、
王妃として、
悪評ばかりの自分が、
善政で国をまとめている、
稀代の賢王と謳われている国王に、
あろうことか望まれてしまったのだろう?
無意味に一区切りずつ考えたところで、答えが出るはずもなく。
一体何がいけなかったのだろうか、内面は最悪だと伝わっているだろうに。
聡い女が好みだともっぱらの噂だったのに、実は違っていた、とか。
作られたあの【側室レオナ・フライト】が好みだったとかだったら、どうしよう。
可能性がまったくないわけではない。
けれど別の可能性もある、と思う。
それは内ではなく外だった場合。
つまり、この外見だ。
母親譲りの美貌と小さい頃からいわれているこの顔は、非常に整っているらしい。
『らしい』というのは、レオナ本人が実母を思い出す顔など興味がないから。
けれど他人―――とくに異性に、好かれることが多いのは事実だ。
いっそ、この顔が好みだという理由のほうがいいのかもしれない。
もしそうならば、焼いてしまえばいいのだとあっさり思えるからだ。
そもそも、こういう事態にならぬように自ら噂になるよう行動し、折をみては侍女の姿で噂を流したのに、本当にどうしてこうなったのだろうか。
肺を満たす少し冷たい空気に、レオナの意識は覚醒し始める。
ぼんやりとした視界に入ってきたのは、薄いレースを何重にも合わせた天幕だ。
さすがに毎日それを見ているせいか、すぐこの天幕が自室のベッドのものだと気がつく。
そして背中に触れる滑らかなシルクのシーツを感じ、改めて自分は今ベッドに横になっているのだと知った。
「………」
ふと違和感を感じる。
背中に感じるシーツの感覚が、柔らかなベッドのその感覚が、ドレスを着ているにしては直接的すぎる気がする。
今日着ていたドレスは背中は開いていないデザインだったはずだし、そもそも……。
「気分はどうだ?」
いきなり横から声をかけられて、レオナはか細い悲鳴を上げる。
てっきり一人だと思っていたが、傍にいてくれた者がいたようだ。
いったい誰がと思い、その人物に視線を向けてさらに驚いた。
国王が座っていた。
驚愕に目を見開くレオナに、国王は淡々とした視線を送るばかりだった。
人工の明かりの下では少し赤みがかる国王の金緑の瞳からは、なにも読むことはできない。
とにかく今寝ている場合ではないと判断したレオナは、けだるさの残る体をゆったりと起こした。
その拍子に、ベッドのそばに置かれた白いものが目に入る。
それは毎日自身が身につけるもので、締め付けがきついと呼吸がままならない代物。
今日だって締め過ぎて意識が遠のいたはずではないか。
そこで、はたと気がつく。
今自分は、とても呼吸が楽だ。
締め付けるものなど一切ないほど、自然体だ。
つまり、あのコルセットは……。
いやそんなまさか、恐る恐る自分の体に視線を送る。
緩やかな黒髪が覆う肩は、深い藍色のマントがかけられていた。
これは、国王が身に着けていたものだったと記憶している。
実際彼をちらりと盗み見れば、やはりマントをしていなかった。
マント越しに、自らの手をそっと体に這わせる。
どこもかしこも柔らかくて、絞められたコルセットの感触など一切ない。
それはまさしく、疑惑が確信に変わった瞬間。
羞恥のあまり気絶したいと望んだが、皮肉にも呼吸が楽な今は、そう上手く意識が途切れてくれることはなかった。