動き始める噂②
たくさんの招待客が談笑に花を咲かせ、あるいはオーケストラに合わせワルツを踊り、あるいは立食スペースで舌鼓をうっている。
どの客人もフォレスタ国の接待に満足しているようで、夜会の雰囲気はとても華やかだ。
そんな中、笑顔こそは貼り付けているものの、背負う雰囲気がどんよりとした女性が一人。
瞳の色に合わせた鮮やかな瑠璃色のドレスがひと際目を惹くその女性は、間違いなくこのフォレスタ国の側室レオナだ。
レオナは立食スペースの豪勢な料理を前に、どうしたものかと頭を捻っていた。
悩む理由は一つ。
【側室レオナ・フライト】の噂の中に、彼女が大食漢であるということがある。
それをこの夜会で実演しようと思っていたのだが、どうにも食が進まないことだった。
いつも以上に絞められたコルセットと、孤児院の滞在時間を長くするために昼食を抜いたことが胃を縮小させてしまったのだろう。
普段の量よりもまったく食べられずにいる。
噂を確実にするには、これ以上の絶好の機会というのに。
ようやくオードブルを完食したレオナだったが、そのまま皿置いてしまった。
少しコルセットを緩めてもらおうか、そう思いレオナがホールから出ようとしたそのときだった。
突如巨大なホールに、穏やかながら低い声が響く。
談笑の花は一気に枯れ、踊りを楽しんでいたペアはそのまま立ち竦み、食を楽しんでいた者はその皿をテーブルに置く。
レオナを含め、このホールにいる全員の視線の先にいたのは、フォレスタの国務大臣でもあるダリルだった。
なぜか国王の隣に立っている彼は、陛下から一つ報告があるという。
その言葉に、王座に座っていた国王がゆったりと立ち上がる。
眩しい王冠を掲げ、深い藍色のマントを羽織ったその姿は、まさに絵本に出てくる王様といえる風格だ。
「今宵は、我が国が催す夜会をお楽しみいただけているようで光栄です。ここで私事ではありますが、一つ報告申し上げたく」
全身に視線を浴びているだろうに、まったく臆することもない。
それは隣にいる、元王位継承者でもある国務大臣も同じか。
国王の声は、ダリルのものより深みがありながらも、耳に馴染むような柔らかなものだった。
「かねてより、周囲から正式に王妃を娶るよう声が上がっておりました故、このたび迎え入れることを決意いたしました。つきまして側室の一人を、王妃に迎える所存であります」
淡々と国王は語るが、ホールは目に見えてざわめき始める。
あちらこちらから、「その側室とは誰ぞ」と王の言葉を前に推察する声が上がる。
セリア様か、リディル様か、はたまたファルマ様か。
無論その中にレオナの名前はない。
その様子にレオナは表面上だけ、慌てたような表情を貼り付ける。
そして誰も察しできないはずの、内心で王妃が決まったことにほっとした矢先。
なぜか、国王と目が合った。
ぞくっと背筋に冷たいものが走ったが、気のせいだと思うことにする。
【側室レオナ・フライト】の噂は国王にだって入っているはずだ。
悪評ばかりが目立つ女など、誰が王妃に迎えようと思うだろうか。
否、思うわけがない。
そう思うのに、溢れる不安耐えきれずレオナは国王から視線を外す。