キャリーケース
平日の昼間。
電車の中は穏やかな光が降り注ぎ、気持ちの良い雰囲気が漂っている。
車掌の私は紅葉の始まる景色を眺めながら、電車の中を歩く。
念のため、車内をチェックするためだった。
「…あれ」
キャリーケースが1人で動いていて、通路にぽつんと置かれている。
誰のだろうかと首を巡らせると、1人の女性、おそらく20代だろうか。
白い帽子に、サングラスをした美女が、頭を下げて寝ているようだった。
ーうわ。こんなに素敵な人、見たことがない。
色んな客を見慣れてるが、森林浴の中にいるような感じではなく、都会のビルが似合いそうな雰囲気だった。
私はキャリーケースを受け止めると、女性に話しかける。
「あの、あの」
躊躇しながら声をかけたのだが、どうもぐっすり眠っているようで、どうしようか悩む。
しかし、いつまでも立っているわけにはいかないので、失礼ながら、手を揺さぶってみることにした。
「あの!! あの!!」
声を大きくし、続けて手を揺さぶっていると、美女は「うーん」と反応があった。
ラッキーだと思い、美女にもっと話しかける。
「あの、起きてください。あなたのキャリーケースが転がっていたんですよ?」
「うん? キャリーケース?」
寝ぼけているのか、口調がおぼつかない。
子どもみたいだなと苦笑すると、私は続けて言う。
「早く起きてください。お願いです」
「起き…きゃ!!」
美女は私の顔が近くにあることに驚いたらしく、小さく悲鳴を上げる。
私と年はそんなに離れていないと思うが、若干、緊張しながら対応する。
「大丈夫ですか? これ、あなたのキャリーケースでしょう?」
「キャリーケース…? あ!!」
慌てて手を伸ばしてきたので、彼女に受け取らせる。
「す、すみません…」
謝ってくる声はピアノの高音のような、とても響きがいいもので、私は顔が赤くなりそうになり、ぐっとこらえる。
「あの…私、寝ていました…?」
「はい、ぐっすりと」
「きゃ!! どうしよう」
恥ずかしそうに口に手を当てる姿を見、可愛いなと思う。
私はまだ独身で、こんな女性が伴侶だったらいいなと願ってしまう。
「降りる駅は分かりますか?」
「えっと…こんな感じなんですけど」
スマホで駅を見せれられ、私は「ああ」と答える。
ここならまだ先だった。
「大丈夫。まだ過ぎていませんから」
「そうですか…。良かった」
私はここで終わりにして離れても良かったのだが、もったいない気がして、もう少し粘る。
「1人旅ですか?」
「そうです。たまには自然溢れるところで、リフレッシュしようと思いまして」
「そうですか。車内に人がまばらで、驚きませんか?」
「そうですね…。都会だといつも混んでいますから」
何気なく会話をしつつ、私はチャンスをうかがい、試しに言ってみる。
「あの…。良かったら、LINEを交換しませんか?」
「え…? あの、どうして…?」
「それはその…。気に入ったというか、理想の女性というか…」
自分でも何を言っているんだろうと舌打ちしたくなるが、一生懸命、口を動かした。
「田舎の思い出はどうかと思いまして。それに、鉄道関係なら色々と教えられるかと」
「…なるほど」
女性はサングラスを外すと、更に美女度がアップした。
ーうわ。天女みたい。いや、女神か?
1人で突っ込みながら、女性の反応を待つ。
女性は「うーん」と唸ると、スマホを構う。
「教えてもいいんですけど…その、しつこかったりは?」
「しません、あなたとまずは、お友達になりたいんです」
「友達…。それなら頼もしい相手ですね」
にこりと笑われ、私は一気に身体がかあっと熱くなるのが分かる。
「じゃあ交換しましょうか」
「は、はい…!!」
私はスマホを取り出すと、LINEの交換をする、
ーうわ。美女、GETできるかもしれない。
顔を赤く染めながら、良い香りのする女性に近づく。
女性は気づかないようで、登録を終えると、顔を上げてくる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします!! うわ、嬉しい」
思わず本音が漏れると、女性は目を瞬かせた後、くすりと笑う。
「私も車掌さんの友達ができて、嬉しいです」
丁寧口調の女性は品があり、育ちが良いのが分かる。
私は女性に内緒で、絶対に手に入れてみせると誓い、頭を下げる。
「ありがとうございます。では、ごゆっくりどうぞ」
「はい」
清楚な感じで頭を下げられ、私は内心、有頂天になったのだった。




