喉笛
半月振りに帰宅した喪服の□には、曰く言い難い艶がありました。
×のような悪い*に引っ掛かり、×なりの真心を以てずぶずぶに嵌らされても、決して落ち着かない×の息をする如き不実により、息の出来ない泥沼の中で揉まれて揉まれて揉まれ続けて、やっと途絶えたからでしょう。
×には△がありますが、△は×と似た同士で、罪悪感にのたうつ□へ愛玩の気を向けており、それがまた□を挫いていたようです。
容認されている安堵、甘んじている情けなさ、なお離れ難い痛切が、□の影を深めて震い付きたくなる奥行きを持たせ、すると×の方でも一層かわいく感じますから、抱え込まれて抗わぬまま此処まで縺れてしまいました。
□の帰宅がこれほど遅かったのは、△に一頻り弄ばれ、拳を握り締めて逃げ帰り、帰り着いてからずっと離れへ籠っていたからです。
×が監修した展覧会を、生業の勉強を兼ねてひたむきに見て回っていた当時のまま、□の手先と感性は弛まず育まれ続け、×が贈って共に過ごした、僻地にぽつんと建つこの家で、泥沼の成果を結びました。
当時、□が見ていたのは、人の絶叫そっくりに鳴る、粘土製で髑髏型の笛です。
見初めて傍らへ寄った×が、構造が人の喉頭に似るという、論文の話を投げ掛けると、□は興味深そうに聞き入り、添えられたサンプルを再生し、耳を澄ませていました。
それから長く長く経った今、遠く町明かりが煌めく夜のベランダへ進み出て、室内から差す照明を背に、闇へ紛れた喪服の□は、握り締めた拳を開いて、中から出来立ての笛を取ります。
灰色でさらさらしたそれは、粘土製の凡そ滴型で、下部に垂れる膨らみの部分に、精緻な人面が彫られています。
絶叫する時そっくりな、大口を開けた×の顔です。
朝早くから動き通しで、しどけなく草臥れた風情の□が、溜め息を吐く前よろしく、ゆるりゆるりと息を吸い、膨らみの上部から突き出る筒に、乾いた唇を押し当てます。
薄く開いた中へ差し込み、ぴったりと締め付けて咥え、くっと力んで吹くと同時に、×へ息が殺到します。
胸と腹が膨れ上がって、全身がびりびりと震え、声が喉まで迫り上がります。
半月前は納骨式でした。
×は×なりの真心を以て、□の為すに任せ、従順に大口を開けて、迫り上がる声を発します。
□。□。なんて意地らしい。
×もずっと愛してるよ。
終.




