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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第5章 自分の意思で
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第41話 決めた

「ザフィルを俺に殺させて、お前は何がしたい」

 メイランが冷たくカルブに問いかけた。シルリネアは、こんなに冷え切ったメイランの声を聞くのは初めてだった。冷たい声の底には、煮えたぎる岩漿よりも激しい怒りが隠れている。それが、恐ろしさをより引き立てる。

 カルブは嬉しそうに笑った。

「主様が死にたいって思ってるから、誰かに殺してほしいだけ。シルリネアに殺してもらってもいいんだけど、主様の魔法を無力化できる人、兄様しか知らないんだ」

 子犬がペロリと舌なめずりをする。

「きっと主様を殺せるのは兄様だけだから、ボクは兄様にお願いしてるんだよ」


 危険だ。

 メイランの体が、心が、警鐘を鳴らしている。

 こいつをザフィルの、弟の近くに置いてはいけない。こいつは忠義の皮をかぶった不義者だ。


 主の望みが死なら、それを叶えるのが忠義なのか?

 否。

 主の生を望むのが正しいはずだ。死を望む理由を取り除こうとするのが、忠義だ。共に悩むのもいいだろう。

 だが、この化け物はそうではない。

 言葉を弄し、主の望みを弄んでいるだけだ。


 その一方で、ザフィルが数多くの罪を犯しているのは事実だ。

 罪なき人を、村を、街を、国を滅ぼした。

 それは、死に値する大罪だ。

 考えるだけで苦しい。


「ザフィルを連れてこい」

 メイランが低い声でカルブに言う。

「今じゃなくていい。だがザフィルに会わせろ、直接話を聞く。それでもし、あいつがどうしようもねぇなら——」

 ありとあらゆる感情が、記憶が、メイランの心を乱す。

 幼い弟の、小さな手が脳裏をよぎった。

 舌足らずに呼ぶ声が、今も耳の奥で響く。

 シルリネアが故郷を語った時の声音が、表情が、メイランを打ち据える。

 薄荷色の瞳に叱咤された気持ちで、メイランはカルブを睨みつけた。


「そん時は、てめぇの頼みじゃなく、俺の意思で殺す」


 ******


 ザフィルはカルブの目で、メイランたちを見ていた。

「ねえメイラン——」

 ローブに隠れていた両手を出し、それを見る。節くれ立って醜く、歪んだ両手。

 歪んでいるのは、折れた時に適当に繋いだからだ。支障なく動けば、形など二の次だった。

「僕はもう、歪んで壊れているから——」

 虚無の力が噴出し、一帯の生命を消し去る。

「そんなに大事にしないで」

 手をローブの内側に戻して、ザフィルは安堵した。

 何もないこと、それだけがザフィルの心を安らがせる。

 できるなら、自分こそが虚無に飲み込まれたいと思っていた。


 ******


 シルリネアは、メイランの言葉に困惑していた。

 ザフィルを殺す。メイランが? まだ決まった訳ではないが……それでも……。

 嬉しく思う自分がいることを、自覚する。メイランが自分と同じ方向を向いてくれるのは、ごく単純に嬉しいことだった。

 それでいて、不安もよぎる。メイランに、弟を殺させてしまっていいのだろうか。

 シルリネアは、メイランが弟のことを懐かしそうに話す姿を知っている。会えない可能性が高いと理解してなお、探していると言った時の表情を記憶している。

 どの表情も、愛情にあふれていた。


 ——少し、嫉妬してしまう程に。


 メイランがザフィルを殺す。

 それで本当に、いいのだろうか。


 カルブは甲高く笑った。

 子供の歓声に近い声なのに、愛らしさは感じない。妙に耳に障る。

「わかったよ、兄様。今度主様に聞いてみるね。きっと主様も喜ぶと思う。だって主様、兄様のことをすごく気にかけていたから」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて、喜びを表現する。

 メイランは唾棄する思いでカルブを睨みつけた。

「なら早く行って、ザフィルとナシつけてきな」

「そうだね。じゃあボク、もう行くね。兄様、またね」

 カルブはそう言い残して、煙のように消えた。


 シルリネアは、後ろ手に用意していた弓矢を片付けつつ、メイランに問う。

「あれで良かったの?」

 メイランを巻き込む気はなかった。それなのに……。

 メイランは少し悲しそうに笑い、首を横に振った。

「あれしかねぇだろ。俺にしか決められねぇことだし、今度はちゃんと決断しねぇとな」

「ねえ、今からでも……」

 今からでも、何だというのだろう。シルリネアは、言葉が続けられなかった。

 ここで別れたとしても、もはや意味がない。カルブは、メイランのもとにザフィルを連れて来るだろう。そしてザフィルはきっと、メイランを傷つける。

「……メイランに、悲しい思いをしてほしくないのに……」

 無性に悔しかった。シルリネアはうつむき、拳を握る。自分があまりにも非力に思えた。

 メイランは苦笑してシルリネアの正面に回り込み、しゃがんだ。うつむいたシルリネアと視線が合うように、彼女の顔を見上げる。

「ありがとうな。でもこれは、今まで逃げ回ってたことを精算するだけだから。シルリネアも力を貸してくれよ。お前がいねぇと俺、また逃げちまいそう」

 せっかく隠した顔を覗き込まれて、シルリネアは思わず笑ってしまった。彼はいつも、こうやって心を軽くしてくれる。

「……じゃあ、離さないようにしなきゃね」

「そうして」

 メイランは微笑んで立ち上がり、シルリネアをそっと抱擁した——あくまでも、控えめに。


「天嶺に行こう。青嵐(せいらん)の本拠地があるんだ。ファラン姐もショウランも戻ってるはずだから、顔を見せに行くのもいいな。そんで、今後のことも相談しよう」

 シルリネアはメイランの背に手を回し、頷いた。

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