6話-1(分岐)
※この先は分岐となります。
物語の本筋を追う場合は、第7話へ。
シリウスは、腕の中でゆっくりと静かな寝息を立て始めたフィアから、名残を断つように手を離した。
眠りは浅いが、呼吸は安定している。
外套の内側、まだ彼の体温が残っていることを確認してから、立ち上がる。
この夜を越えるために、何もかもが足りない。
薬はなくとも、せめて彼女に温かい湯を飲ませなくては。
外側から温めるばかりでは限界がくる。
シリウスは外した甲冑と剣をそのままに、礼拝堂の外へ。
川か小さな湧き水でもあれば、と礼拝堂の周りを探す。
しかしそれは見つからず、火種になりそうな木の枝や葉を集めて戻ろうとした、その瞬間だった。
空気が、変わっていることに気がついた。
湿った土の匂いに、混じるはずのないもの。
油。
鉄。
そして、金属が揺れ、触れ合う音。
(まさか、もうここまで……!)
気配は、複数。
足音を隠すつもりすらない、確信を持った進み方。
普段のシリウスならこの程度の距離ならば、気が付かないはずがない。
しかし極限の状態で駆け続けた彼もまた、疲弊していた。
手に集めていたものを投げ出し、礼拝堂へと走る。
その古びた扉は明け放たれていた。
礼拝堂の中から、話し声。
石を踏む音。
布が擦れる音。
――すでに、踏み込まれている。
「っ……!」
シリウスが礼拝堂に入った瞬間、
側面から衝撃が走る。
打撃。
刃ではない。
しかし甲冑を外した彼には衝撃がまともに入り、視界が揺れ、膝をつく。
「シリウス、お前がこんなことをするなんて……信じられなかったけど、本当だったんだな」
そこには共に訓練を積んだ騎士団の姿がいくつか。
そして、祭壇の影に隠すように寝かせていたフィアのそばにも迫っている。
「なあシリウス。
お前が一番、清い顔してたよな」
「そのお前が聖女様を抱えて逃げた。
……正直、安心したぜ」
「これで分かっただろ。
俺たちも、お前も、同じだ」
あの時と同じ下卑た会話と嗤う声。
司教がどのように伝え、騎士団を動かしたか想像がつき、吐き気すら覚える。
「違う、私は……!」
誰かが、フィアを守るように置いていた剣を蹴り飛ばした。
次の瞬間、礼拝堂の奥から――
「……シリ、ウス……?」
目を覚ましたフィアのシリウスを探す声。
しかしその手は違う存在に奪われる。
「お迎えにあがりました、聖女様。
暖かいお部屋で司教様がお待ちですよ」
そばにいた一人がフィアを抱きかかえる。
シリウスと同じ甲冑だが、その手は確かに違う。
「……司教、様が……?
……いや、です。戻りません!」
自分を抱く手がシリウスではないと気がついたフィアだが、抵抗は意味をなさない。
「救出のためとはいえ、聖女様に触れられるなんて……」
「……そんな目で見るなよ、聖女様。
俺たちはちゃんと守ってるだろ?」
「司教様のご命令だ。
穢れた外に連れ出されるより、教会に戻るほうが正しい」
どこか恍惚とした表情の腕のなかに、フィアは簡単に閉じ込められる。
未だ薄い月明かりが照らす古びた祭壇の前、まるで神に捧げる贄のように彼女は照らされていた。
先ほど下卑た言葉を発した騎士が、怒りの交じる声を出す。
「シリウス、聖女様に何をした?こんなに怯えるほどのことを?」
シリウスは言い返さない。
自身もまだあの光景を信じきれていないのに、司教が行ったことを信じてもらえるとは思えなかった。
口から出る言葉は一つ。
「……フィア様から、その手を離せ」
その言葉が始まりだった。
甲冑も剣も身に着けないシリウスは、いつかの仕返し、と言わんばかりに痛めつけられる。
「司教様の命は聖女様の保護だ、それ以外の指示はない」
誰かが剣を手に取ると、躊躇いなくそれは振り下ろされた。
赤い色が飛ぶ。
フィアはその光景に目を見開くと、声にならない悲鳴を上げて、意識を手放した。
「聖女様、これで貴女を惑わす悪魔は消えましたよ……って気絶しちゃってるな」
「まあ外にすら滅多に出ない聖女様に、自分を攫った相手だろうとこんな光景は刺激が強すぎたんだろう」
他に目のない古びた礼拝堂。
血の匂いの後の妙な高揚感。
月明かりに照らされ、瞳を閉ざしたフィアの発熱で上気した頬。
先ほどの光景か、悪夢か彼女は落ちた意識の中で震え続けていた。
「なあ……、もう少しくらい触れてもいいんじゃないか?」
「シリウスがしたことにすれば、俺達は聖女様を穢した大罪人から救った英雄だ」
「それに、震えてるのは、寒いからだろ?
だったら、温めてやらないと」
「ああ、それはいい」
フィアを囲む円が狭まる。
「シリウス……お前が連れ出したから、こうなったんだぞ」
血に染まる視界。
シリウスが最期に目にしたのは、死よりも残酷な絶望だった。
bad end.
絶望の円卓




