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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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45話

フィアはしばらく思い出すように視線を巡らせ、口を開く。



「……あの人たちに、運ばれて……」



言葉はぽつりぽつりと落ちた。

順序を確かめるように、ひとつずつ。



「山の中の……古い鉱山みたいなところに、連れていかれて。柱に、繋がれて……」



シリウスは黙って聞いている。

ルカも口を挟まない。



「最初は……頭が来る前だから、まだ触るな、って……そう言ってた」



そこで一度、フィアの指先が水筒を持つ手に力を込めた。



「でも、少し……気を失ってたみたいで……目が覚めたときには、空気が変わってて」


「空気が?」



シリウスが低く聞き返す。

フィアはゆっくりと頷いた。



「声が大きくなってて、近く感じて。

試す、とか……少しくらいなら、とか」



喉が少しだけ詰まる。



「触られそうになった」



シリウスの目がわずかに険しくなる。

しかしフィアの言葉を止めることはなかった。

握りしめた拳がかすかに震えているのをルカが横目で見る。



「それで、そこからはよくわからないの」



その言葉にシリウスは顔色をなくす。

フィアの肩に手を置き、確かめるように顔を覗き込む。



「フィア様……まさか」


「シリウス…?」



シリウスとフィアの様子の温度差に気がついていたルカが口を挟む。



「シリウス、落ち着いて。まずはフィアの話を聞こう」



シリウスの考えも分かる。

だが――それならば、フィアがここまで平気でいられるとは思えなかった。



「本当にわからないの。

気がついたら、周りがみんな……静かになっていて」


「全員ですか」


「たぶん……でも、近くにいた人たちは、もう……」



フィアはそこで言葉を切った。

死んでいた、とは言えなかった。


代わりに、別のものを思い出す。



「それで、あの人が、いたの」



ルカの視線がほんの少しだけ動いた。



「血の中に立ってて……静かに、こっちを見てた」



部屋の空気が、そこで少しだけ変わった。



「縄を、切られて……」


「その男に?」



シリウスが問う。

フィアは頷いた。



「……たぶん、助けてくれたんだと思う」



その言葉が落ちたあと、少しだけ間が空いた。



「でも……どうしてか、分からない」



シリウスは黙る。

ルカも黙る。


フィアはさらに少し考えてから、続けた。



「怖くなかったわけじゃないの。でも……」



そこから先の言葉が見つからない。

怖かった。

それは確かだ。

けれど、それだけではない何かが胸に残っていて、それをどう呼べばいいのか分からない。


ルカがそこで、ようやく口を開いた。



「どんな人かわかる?」



声は軽い。

だが、その軽さの下に違うものが沈んでいるのを、シリウスは感じた。


フィアはゆっくりと思い出す。



「男の人。黒い髪で……目は灰色だった」


「灰色」


「うん。少し冷たい色」



ルカの指先が、膝の上でほんの少しだけ止まる。



「背が高かった。シリウスよりも……たぶん」



シリウスは何も言わない。



「武器は?」



ルカの問いは短い。



「短剣……一本だけ、だったと思う」


「それだけ?それであの野盗たちをみんな?」


「……うん」



ルカは一度だけ視線を落とした。

だがすぐに、何でもない顔へ戻す。



「他には」



少しだけ間がある。



「……何か思い出せる?」



フィアはその問いに首を傾げた。

それでも、自分が見たものをそのまま言葉にする。



「今思えば……服が、戦う人の服には見えなかった」



ルカのまぶたが、かすかに揺れた。



「肌が多く見えて……首のところとか、腕とか……入れ墨が見えた」



シリウスがフィアを見る。

ルカもまた、何も言わずにその続きを待った。



「たくさん、あったと思う。黒い模様みたいで……最初は傷かと思ったけど、違った」



そこでルカが、ほんの一瞬だけ黙り込んだ。


いつもの軽さが、そこで薄く消える。


けれど次に口を開いたとき、声はまた普段どおりに戻っていた。



「……それ、本当に一人だった?」


「うん」


「そっか」



ルカは頷く。

それだけだった。


だが、何かを誤魔化した頷き方だった。


シリウスがそれを見逃さない。



「何か心当たりがあるのか」



真っ直ぐな問いに、ルカは少しだけ困ったように笑った。



「ある、というより……嫌な想像をしただけ」


「どういう意味だ」



ルカはすぐには答えなかった。

視線を窓の外へ向け、それから火の消えた炉へ落とす。



「その男自体より、そっちの方が厄介かもね」



シリウスの眉が寄る。



「何がだ」



ルカはそこで、ようやくシリウスを見た。



「そういう人間にまで依頼が回ってるってこと」



部屋の空気が一段冷える。



「その特徴に当てはまるやつの噂は聞いたことがある」



フィアは黙ってルカの顔を見る。

シリウスは無言のまま先を促した。


ルカは軽く肩をすくめようとして、痛みに顔をしかめ、途中でやめた。



「捕まえるでも殺すでも、依頼が行けば動くような連中がいる。

金さえ積めば、表に出ない仕事を請ける人間たち」



そこまで言ってから、言葉を選ぶように少しだけ黙る。



「しかもその男は、依頼を達成できる状況だったのに、フィアをそのままにしていった」



シリウスの目が細くなる。



「……確かに」


「そこがわからなくて、気持ちが悪い」



ルカの声から、冗談の色が消えた。



「やる理由は分かる。


……でも、やらなかった理由が分からない」



部屋の中が静かになる。



「気まぐれかもしれない。途中で気が変わったのかもしれない。あるいは――」



そこで言葉を切る。

シリウスが低く問う。



「あるいは?」



ルカは目を伏せた。



「いつでも連れていけると思ってるのかもしれない」



フィアの指先が、膝の上で小さくこわばった。


シリウスはそれに気づき、すぐに声を落とした。



「結局、その男は何者なんだ」



その問いに、ルカはすぐ答えない。

しばらくしてから、息を吐くように言った。



「金を払えば何でもやる、仕事を請けるかは気分次第、そういうやつにさっきの特徴が当てはまる」


「それだけでは分からない」


「僕も話を聞いたことがあるだけ。

軽装で短剣1本だけなのに化け物のように強い、そういう話をね」



シリウスの顔は厳しいままだった。


けれど、ルカの方もそれ以上は言う気がない。

言えないのか、言わないのか、そのどちらかだった。


フィアは二人のやりとりを聞きながら、自分の手を見た。


助けられた、のだと思う。

それなのに、話せば話すほど輪郭は曖昧になる。


怖かった。

でも、それだけではなかった。


灰色の目。

黒い髪。

名前を呼ばれたこと。


あれは何だったのだろう。


フィアに残ったのは、言葉にできない感覚の違和感。

シリウスに残ったのは、排除すべき脅威の輪郭。

ルカに残ったのは、目に見えない流れへの不穏。


不安の焦点が、そこで少しだけ変わった。



正体不明の男。

それだけではない。



その男や他の者を動かす何かが、すでにどこかで始まっているのかもしれない。


それが、今はただ静かに怖かった。

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