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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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55/64

39話-2(分岐バッドエンド)

※この先は分岐となります。

物語の本筋を追う場合は、40話へ。



血のついた指先が、フィアの顎に触れる。

わずかに上を向かせた。


冷たい、と最初に思った。


血に濡れているのに、その手には妙な熱がなかった。

ぬめる感触より先に、指先の骨ばった硬さと、生きた人間らしくない温度だけが頬に残る。


フィアは息を止めたまま、目の前の男を見た。


黒い髪。

夕方へ傾き始めた光を吸うような、色の沈んだ髪だった。

その下にある肌は血の気が感じられない、死体のように静かに見える。

なのに、目だけが違った。


灰色だった。


乾いた石のようでもあり、曇った空の底のようでもある。

感情がないわけではないのに、何を考えているのか少しも読めない。

その視線だけが、血の匂いの中ではっきりとフィアを捉えていた。


助けられたのかどうか、それすら分からなかった。

けれど、何者なのかも分からない。

人間に見えるのに、人間の範疇に収まっていないような違和感だけが、じわじわと肌を這ってくる。


顎に触れた指が、そのままほんの少しだけ力を込める。

逃げ場のない角度で顔を上向かされ、フィアは喉の奥をきつく絞った。



「――っ」



言葉にならない息が漏れる。


近い。

近すぎる。


この男が自分を見ている。

見ているだけなのに、切っ先を向けられた時よりも身がすくむ。


フィアは反射的に顔を背けようとした。

だが、指先がそれを許さない。



「……やめて」



かすれた声だった。

拒絶と言うには弱すぎて、懇願と言うには硬い。

それでも確かに、拒む言葉だった。


男の目が、ほんのわずかに細まった。


フィアは自分でも何を恐れているのか分からないまま、さらに首を引こうとする。

縄に縛られた身体は逃げられず、肩が柱にぶつかるだけだった。



「触らないで」



今度は、はっきり言えた。


その瞬間、空気が微かに変わった気がした。


男は何も言わない。

怒ったようにも見えない。

けれど、顎に触れた指先だけが、一瞬わずかに強くなった。


理由の分からない沈黙。


それを破ったのは、木柵の外から飛び込んできた鋭い声だった。



「フィア様!」



シリウスだった。


ほとんど同時に、別方向からルカも姿を現す。

二人とも傷を負っている。

泥にまみれ、呼吸も浅い。それでも、迷いなくこの場へ踏み込んでくる。


フィアの胸が一瞬だけ強く鳴った。



「シリウス――」



シリウスは即座に斬りかかった。


迷いのない一撃。

大上段から、まっすぐに叩き落とされる重い刃。


男が持っていたのは、短剣一本だけだった。

それでも退かない。

真正面から受けるのではなく、刃の角度へわずかに短剣を差し込み、流す。

金属が耳障りな音を立て、シリウスの剣筋が半歩だけ外れる。


二撃目。

横薙ぎ。

その刃も、男は身を沈めてかわし、短剣の背で軌道を押し上げる。

重いはずの剣が、妙に軽く見えた。


いや、違う。

軽くしているのは、男の方だった。


シリウスが三撃目へ踏み込んだ、その瞬間。

ルカが死角へ滑り込み、フィアを縛る縄へ手を伸ばす。


男の腕が、一度だけ揺れた。


短剣が飛ぶ。

次の瞬間、ルカの足元の柱へ深々と刃が突き立っていた。


あと半歩でも踏み込んでいれば、脚ごと貫かれていた位置だった。

ルカの動きが止まる。

その一瞬で十分だった。


男はもう武器を持っていない。


それなのに、シリウスの前へ一歩で入り込む。

大剣の振り下ろしを紙一重で外し、懐へ潜る。

脇腹へ膝が入る。


鈍い音と共に、シリウスの呼吸が潰れた。

それでも倒れない。

シリウスは歯を食いしばり、柄を握り直す。


だが、男の手が先に動いた。

手首を捻り上げ、肘を逆方向へ折るように崩す。


力の逃げた指から、大剣が地へ落ちた。


さらに首筋へ打ち込まれた一撃で、シリウスの膝がついに折れる。


ルカが再び飛び込む。

今度はフィアではなく、男そのものを狙って。


だが届かない。

振り向きもしないまま腹へ蹴りが入り、ルカの身体が折れた。


地へ崩れたところへ、追い打ちの一撃が背に落ちる。


ルカの指先が地を掻いて止まる。


シリウスはなお起き上がろうとした。

フィアへ向かって、血の滲む指を伸ばす。


その手首を、男が踏みつける。

鈍い音がして、短い呻きが漏れる。


そして、首の横へ叩き込まれた一撃で、シリウスの身体もまた地に沈んだ。



フィアは息を呑んだ。


生きているのか、死んでいるのか。

フィアには分からなかった。


ルカも同じだった。

背を向けたまま崩れ落ち、指先一つ動かない。


二人とも、もうフィアのところまでは届かない。


それだけが、残酷なほどはっきり分かった。


男が振り返る。


その灰色の目が、再びフィアへ向けられる。

さっき拒んだことを覚えているのかどうかも分からない。

けれど、その視線にはわずかに硬いものが混じっていた。



苛立ちに似ている。


だが、何に対するものなのか、本人にさえ分かっていないような、行き場のない歪みだった。


男はフィアを捕らえていた縄を断つ。


今度は逃がすためではないと、フィアにも分かった。


自由になった腕が落ちるより早く、男の手が肩を掴む。

そのまま乱暴に引き寄せられ、抱え上げられた。



「……っ」



抗おうとしても、力が入らない。

足はもつれ、声も続かない。


男はフィアを肩に担ぐ。

前の野盗たちよりも、ずっと静かに。


なのに、容赦がない。

物のように持ち上げられた身体が揺れ、視界の端で、血溜まりの中に倒れた二人の姿が逆さに歪んだ。



「シリウス……ルカ……」



返事はない。


あるのは、夕方の風の音だけだった。

男は振り返らない。


木柵の外へ出る手前で、男の足が一瞬だけ止まる。

けれど、それもすぐに途切れて、また歩き出した。


肩の上で揺られながら、フィアは最後にもう一度だけ後ろを見た。


血の中に沈むシリウス。

うつ伏せに倒れたまま動かないルカ。


生きているのか、死んでいるのか、それすら分からない。


その不確かな絶望だけを残して、山の影がすべてを呑み込んでいく。


男はフィアを担いだまま、暮れかけた森の奥へ消えた。



bad end.

拒絶の代償

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