39話-1(分岐バッドエンド)
※この先は分岐となります。
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血のついた指先が、フィアの顎に触れる。
わずかに上を向かせた。
細い喉が、かすかに震えている。
怯えているのは分かる。呼吸も浅い。肩の力の入り方も、目の奥の揺れも、隠しきれていない。
それでも、女は泣いていなかった。
ただ、見ていた。
血の中に立つ男を。
目の前で野盗を屠ったものを。
理解できない何かとしてではなく、必死に意味を与えようとするような目で。
男は何も言わない。
顎に触れたまま、その顔を見ていた。
怯え方。
息の乱れ。
視線の逃げ場。
どこまで壊れていて、どこがまだ残っているのか。
そういうものを確かめるように、黙って見ていた。
フィアの唇が、かすかに動く。
「……ありがとう」
男が一瞬だけ沈黙する。
小さな声だった。
掠れて、今にも途切れそうなほど弱い。
それでも、はっきり届いた。
男の目が、わずかに細まる。
ああ、とだけ思う。
助けられたと勘違いしている。
血塗れの男を見て、なおそう思う程度には、普通の女だ。
それだけで、興味が薄れた。
理解できる反応だった。
予想できる言葉だった。
つまり、そこまでだ。
顎から手を離す。
フィアの顔が、わずかに下を向く。
そのとき、別の気配が二つ、森の奥から近づいてくるのを感じた。
急いではいない。だが真っ直ぐだ。
一つは荒く、熱を帯びている。もう一つは傷を抱えたまま、それでも止まらない。
面倒だと、男は思った。
ここで待つ理由はない。
この女が特別でないなら、なおさらだ。
殺す依頼もあった。
生かしたまま引き渡せという依頼もあった。
値の高い方へ渡せばいい。
その前に少し遊ぶのも悪くない。どうせ壊れるなら、その方がまだ使い道がある。
そこまで考えて、男はフィアを縛っていた縄に手をかけた。
刃が走る。
縄が切れる。
自由にするためではない。
持ち運びやすくするためだ。
フィアは一瞬だけ、何が起きたのか分からないように目を見開いた。
その顔に残るかすかな安堵が、余計に白けて見えた。
男は何も言わないまま、フィアの身体を肩に担ぎ上げた。
軽い。
乱暴に持ち上げられた衝撃に、フィアの喉から小さな息が漏れる。
だが、抗わない。
まだ助かったと思っているのか、それとも理解が追いついていないのか。どちらでもよかった。
血の匂いの残る拠点を背に、男はそのまま歩き出した。
焚き火はなお燃えている。
死体の間を風が抜ける。
夕方の光が長く伸び、木柵の影を地面に引きずっていた。
近づいてくる二つの気配は、まだ少し遠い。
間に合わない。
フィアは肩の上で揺られながら、何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
それすら、もうどうでもよかった。
男は振り返らない。
ただ、どの依頼人に渡すのが一番面倒が少ないかを考えながら、山の奥へ消えていった。
bad end.
救いの誤認




