4話
シリウスは司教の部屋の扉を叩いた。
上がる息を無理に押し殺し、声を作る。
「失礼します、司教様。何かありましたでしょうか。
聖女様の声が聞こえたので、念のためにご確認を」
一瞬の間。
部屋の中から衣擦れの音と微かな気配。
その部屋に誰かがいることは間違いない。
そして司教の声が返る。
「シリウスですね、大丈夫です。何もありません」
「ですが……」
「フィアは少し驚いて声を上げただけですよ」
穏やかな声で話す司教はいつもと変わらず、正しさを伝えるような口調だった。
しかし、シリウスは違和感を拭えない。
「それでしたら、扉は開かずとも、フィア様の声をお聞かせください。
無事を確認できたら、私は下がります」
聖女直属の騎士とはいえ、シリウスは教会に所属するもの。
司教に意見を言える立場ではない。
普段であれば聞き入れてもらえる言葉ではなかった。
いつもよりわずかに熱を帯びた声が続く。
「声を……聞かせて欲しいそうですよ、フィア」
少しの間。
そして、確かに聞こえた声。
「……シリウス……っ!助けて!」
それはシリウスが聖女の騎士となってから初めて聞いた願い。
シリウスは迷いなく扉に手をかける。
しかし鍵がかかっているために開かない。
「私のそばにいるのに、他の男の名前を呼ぶなんて。
悪い子になりましたね、フィア」
また悲鳴のような声が上がる。
その瞬間シリウスは頭に火花が散ったように思考が白く染まる。
それはあの日、フィアに向けられた下卑た会話を諫めた時と同じ。
次の瞬間、司教の部屋の重厚な扉が蹴破られる。
嫌に甘い香の焚かれた部屋。
司教の体重を支える大きな寝台に、小さな身体が沈められていた。
「シリウス!」
常に正しく人を導き、信者だけでなく皆から尊敬される司教。
シリウス自身もそうだった。
だからこそ、聖女の騎士に任命されたことが誇らしかった。
だが、今その存在がシリウスの守るべき聖女を組み敷いている。
華奢な身体が覆い隠され、白色金の髪が乱れて広がる。
シリウスはその悪夢のような光景に戸惑いながらも、迷わず剣を抜く。
「……司教様、どうかフィア様をお離し下さい」
「シリウス、この部屋に入る許可は出していませんよ」
それでもなお穏やかに、諭すように話す司教。
「フィア様が助けて、と言いました」
理由はそれだけで十分だった。
シリウスは司教の体を突き飛ばすと、フィアの手を取り抱き上げる。
そして、夜の回廊へと駆け出した。
銀の髪がなびくその姿を見送りながら、司教は良いことを思いついた、と嗤う。
「攫われた聖女を救い出し、涙の再会。そして二人は愛を確かめ合う……。
良い物語になりそうですね」
その言葉は今は誰にも聞こえず、
司教はただ、天井の奥を見上げていた。
まるでそれが、
最初から与えられていた筋書きであるかのように。




