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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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44/62

31話-1(分岐バッドエンド)

※この先は分岐となります。

物語の本筋を追う場合は、32話へ。




夜が更けるころ。

フィアは、ゆっくりと目を開けた。


窓の隙間から、月の光が細く差し込んでいる。

宿の部屋は静まり返り、

隣の寝台から、規則正しい呼吸だけが聞こえた。


シリウスは眠っている。


昼間よりも、ずっと無防備な顔だった。

戦う者の顔ではない。

ただ、安心して眠る若い男の顔。



(ごめんなさい)



声にすれば崩れてしまいそうで、

胸の奥でだけ呟く。


荷物は持たない。

持てば、迷いが形になる気がした。


音を立てぬよう、ゆっくりと立ち上がる。

床板がきしむたび、心臓が跳ねる。


扉へ向かう直前、足が止まった。

振り返る。


守ろうとする人の寝顔。

名前を呼んでくれた人。

自分を“聖女”ではなく“フィア”として見てくれた人。


その姿が、あまりにもまっすぐで――苦しい。


胸の奥で、何かが静かに音を立てた。

それでも、扉を開けた。


外気は冷たい。

夜の港町は、昼間とは別の顔をしている。


宿の裏手。

灯りの届かない場所に、黒い馬車が停まっていた。


月光を吸い込むような車体。

御者が、静かに頭を下げる。



「お待ちしておりました」



その声は、もう決まっていたことの確認に過ぎない。


フィアは歩み寄る。


足は重い。

一歩ごとに、地面に縫い止められるようだった。



(私が戻れば、平和になる)



繰り返す。



(私が戻れば)



馬車の扉が開く。

その瞬間。



「――フィア様!」



背後から、声が裂けた。

振り向く。


石畳を蹴る音。

夜気を切る足音。


シリウスが走ってくる。

その後ろに、ルカ。


まだ間に合う距離。


ほんの数歩。

手を伸ばせば、触れられる距離。



「フィア様、なぜ――」



言葉は最後まで届かない。

フィアは、小さく首を振る。


止まってはいけない。

止まれば、崩れる。


唇だけが、かすかに動く。



「……ありがとう」



声は、夜に溶ける。


寂しそうに。

けれど、どこか決意のようにも見える微笑み。


シリウスの手が伸びる。

指先が、あとわずかで届く。


その瞬間。


扉が閉まった。

重い音が、夜を断ち切る。


馬車が動き出す。

石畳を打つ車輪の音が、冷たく響く。



「フィア様!!」



叫びが追いかける。

けれど、距離は開いていく。


窓越しに見る二人の姿が、揺れ、歪み、

やがて闇に溶けた。


フィアは目を閉じる。

胸の奥に、波の音が遠ざかる。


そして、ゆっくりと前を向く。


向かいの席。

そこに座っていたのは、司教だった。


柔らかな灯りに照らされ、穏やかに微笑んでいる。


怒りも、焦りもない。



馬車は、夜を裂くこともなく進んでいた。

窓の外の灯りが、ひとつ、またひとつ消えていく。


向かいに座る司教は、穏やかな笑みを崩さない。



「お帰りなさい、フィア」



その声は祝福のようで、

しかし逃げ場を塞ぐ枠のようだった。


フィアは答えない。

膝の上で指を重ねたまま、視線を落としている。



「外の世界は、楽しかったですか」



やわらかい問い。



「風は自由で、空は広く、隣には若い騎士がいた」



一瞬、わずかに笑う。



「……若さゆえの迷いです」



断言。



「己の力で何かを守れると信じたい年頃だ。

貴女を連れ出せば世界を変えられると、そう思ったのでしょう」


責めない。軽くもない。

ただ、未熟と位置づける。



「貴女が望むのなら、同じ位置に呼び戻しましょう」



視線が、逃がさない。



「騎士として、正しい場所に。

貴女の傍で、盾として立たせることもできる」



まるで慈悲の提案。



「それとも――」



ほんの少し、声が落ちる。



「もう必要ありませんか」



沈黙。馬車の揺れだけが続く。

フィアの喉が、小さく鳴る。

司教は、その沈黙を読み取る。



「貴女は優しい」



繰り返す。



「だから戻った」



その優しさが、どれほど自分を縛るか知っていて。



「祈りが弱まれば、民は怯える。

怯えは疑念に変わる。

疑念はやがて、聖女をも焼く」



穏やかな声。



「ですが安心なさい。すべては、正しい位置に戻る」



一拍。

そして、決定的に。



「婚姻の話も、進めましょうか」



軽い口調。



「貴女がまだ迷っているなら、急ぎません。

ですが、国は安定を必要としています」



視線がまっすぐ刺さる。



「聖女が揺らがぬ象徴であることは、何よりも強い祈りになる」



それは愛ではない。政治でもない。


“構造”。



「貴女が私の隣に立つことは、

この国にとって最も理にかなっている」



逃げ道は、最初からなかった。


フィアの手が、ゆっくりと組まれる。

祈りの形。

けれど、そこに願いはない。


司教は満足げに目を細める。



「心配はいりません。

あの騎士も、いずれ理解するでしょう」



窓の外は完全な闇。



「若さは、やがて冷める」



フィアは目を閉じる。

海の匂いも、波の音も、

あの呼び声も、遠ざかっていく。



「やはり貴女は、聖女だ」



その言葉だけが、最後に残る。

馬車は止まらない。



祈りは再び始まる。

それが誰のためのものか、もう考える必要もない。


bad end.

やはり、貴女は

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