29話
ルカが揃えた服は、確かに二人を街に馴染ませていた。
フィアの金属光沢にも似た淡い白色金の髪は、自然に被れるフード付きのケープによって隠れる。
それだけで人々の視線が大きく変わるのが分かった。
隣を歩くシリウスも同じだった。
先ほどまでの服では、聖騎士の剣だけが妙に浮いていた。
だが軽装の旅人の姿になった彼は、街の雑踏に自然と溶け込んでいく。
向けられる視線の質が違う――
それは、二人にも分かった。
屋台の呼び声、道具屋の店員の声。
食べ物と生活を扱う店々から向けられる何気ない言葉が、まるで二人をこの街の一員として受け入れているかのようだった。
歩くたび、スカートの裾が風に揺れる。
それだけのことで、フィアは驚いていた。
ぴったり合わない服で肩をすぼめて歩いていた頃とは違う。
息の通りまで軽くなったように感じる。
「お嬢さん、かわいい帽子だね」
不意にかけられた言葉にフィアは戸惑い、その小さな肩がわずかに震える。
その瞬間、シリウスの影が自然とフィアを庇った。
「……ありがとうございます」
言葉こそ丁寧だが、
どこかフィアを見られることへの苛立ちが滲んでいる。
まるでルカが作った“設定”――駆け落ちした使用人――を、
自然に演じてしまっているようだった。
フィアが他人から声をかけられるたび、シリウスの胸の奥がざわつく。
誇らしさとも、落ち着かなさともつかない感情が、行き場をなくして揺れていた。
そんな二人をルカは満足げに眺め、
ほんの少しだけ口を尖らせた。
「もう少し短くてもよかったと思うんだけどなあ……歩きやすいと思うよ?」
「歩きにくければ私が運びます。それに……冷えますから」
相変わらず真面目なシリウスの返しに、
ルカは肩をすくめて笑った。
服屋での攻防が思い返される。
ルカがフィアに丈の短い服を勧めるたび、シリウスの眉間に深い皺が寄るのが面白くて、
からかい半分でいろいろな服を手に取らせた。
結局、歩きやすさと控えめさを考えて膝丈に収まったのは、二人の真剣な攻防戦の結果だ。
その光景が可笑しくて、フィアは試着室の前でくすくす笑っていた。
――その笑顔が、
ぎこちなかったシリウスのルカへの態度を、
ほんの少し和らげた。
街を歩きながら、ルカはふと自分の行き先を語り始めた。
「馬車が直ったらね、教会からもっと遠ざかる方向へ行こうと思ってるんだ。
僕の得意先の店がある土地を巡るつもりでさ」
そして振り返る。
「もしも、よかったら……このまま一緒に来る?
気に入った街が見つかるまで、ゆっくり探せばいい」
足を止めたシリウスの迷いが、表情にそのまま現れる。
「そこまでしてもらうのは……」
するとルカは、軽い調子のまま、しかし確かな理屈で言葉を差し出した。
「僕もシリウスに護衛になってもらえれば心強いからさ。
ほら、持ちつ持たれつってやつ」
理由を与える。
恩を、対等な条件に変える。
そうすれば、断る理由は薄れていく。
(……このまま連れていける)
そんな本音は、
人当たりのいい笑顔の奥に静かに隠されたまま。
「それより今はさ、何か食べに行こうよ!
この街はやっぱり魚がおいしいんだ」
軽い声が港町の賑わいに溶けていく。
三人の足は、再び同じ方向へと進み始めた。
ルカの案内で三人が入ったのは、港に近い小さな食堂だった。
木の机には、潮と香草の匂いが薄く染みついている。
炉のそばでは、白身魚を焼く音がぱちぱちと響いていた。
ルカは向かいの席から二人を眺める。
会話をするでもなく、ただ見守るように。
フィアは目の前の料理と、隣のシリウスを交互に見た。
塩気の強いスープ、香草の効いた魚、固めの黒パン。
どれも、彼女の慣れた味とは程遠いものだろう。
シリウスに魚の身を取り分けてもらい、一口含むとフィアの肩がわずかに揺れた。
すぐ隣で、シリウスが気づく。
「フィア様、大丈夫ですか?」
「え、ええ……、味が、濃くて驚きました」
言葉とは裏腹に、フィアは次の一口をためらっている。
その様子に、ルカは首をかしげた。
「そんなに濃いかな?普通だと思うけど」
するとシリウスが、淡く笑みとも疲労ともつかない表情で答えた。
「……教会で出される食事は、味付けが薄いのです。清貧を旨としていますから。
……フィア様に出されるものは、さらに控えめで」
ルカは「ああ」と短く息を漏らす。
なるほど、と思う反面、胸の奥に小さく針のような違和感が残った。
フィアは少しずつ、慎重に味を確かめるように食べ進めていた。
慣れない濃さに戸惑いながらも、
それでも皿を前にしている姿は、どこか嬉しそうにも見えた。
多くは食べられない。
けれど、確かに“普通の食事”を口にしている。
シリウスはそれを見て、ほとんど気づかれないほど小さく息をついた。
安堵の色が、ごくわずか、瞳に溶けてゆく。
ルカはその穏やかな光景を眺めながら、
指先でカップを静かに回した。
(……もう少し、見ていたい)
それが目的から逸れた感情だと気づいて、
ルカは小さく息を吐く。
それは、港のざわめきの中に静かに紛れていった。




