28話
港町の昼下がり。
通りは人で溢れ、
魚の匂いと酒と汗が混ざり合っていた。
服屋へ向かう途中、
シリウスは無意識にフィアの方へ手を伸ばしかける。
「……大丈夫」
フィアは小さく首を振った。
「一人で、歩いてみたい」
「……その気持ちは大切だけど、あまりおすすめはしないね」
難色を示したのはルカだった。
この時間帯は、朝の漁や市場の仕事を終えた人々で混雑しやすい、と説明する。
「フィア様」
シリウスが再び手を伸ばすと、
フィアは今度は大人しく、その手を握った。
通りを進むにつれ、人の多さを実感する。
フィアはシリウスに庇われながら、なんとか人波を抜けていった。
そうして辿り着いた一軒の店。
そこはルカの知り合いらしく、彼は店主と何やら言葉を交わしている。
フィアは服屋の中を、珍しそうにきょろきょろと見回した。
人混みで疲れていないかと気にしていたシリウスは、その様子に少し安堵する。
話を終えたルカが、楽しげな様子で戻ってきた。
「さあ、服を選んであげるよ。テーマは家出したお嬢様とその執事……いや、それとも……」
その様子に、店主が笑いながら近づいてくる。
「ルカさん、設定よりも似合う服を選んであげてくださいよ」
「そうなんだけどさ、なんでも似合っちゃいそうでしょう。この二人」
「あはは。確かに、うちの店に飾っておきたいくらいだね」
その言葉に、フィアは目を丸くしながらも、
シリウスと視線を合わせ、控えめに微笑んだ。
その表情に、シリウスもつられそうになるが――
次の瞬間、勢いよく差し出された服の山に、二人は思わず面食らう。
「まずは……これ!
着てみてよ!テーマは――
山奥の村の村長の娘と、駆け落ちした使用人!」
「……っ」
思わず、シリウスはむせた。
「その設定は……本当に必要なんでしょうか……?」
「必要だよ。二人の世間知らずと距離感を表すのに、ぴったりじゃん!」
ルカはそう言って、二人にそれぞれ服を手渡す。
「……あの、シリウス。これ、どうやって……」
初めて見る服に、フィアは戸惑った声を出す。
ルカの視線を気にしながら、
シリウスは小さく息を整えた。
「……手伝います」
そうして二人は、並んで試着室へと消えていく。
「あれ……これは設定以上だったか……」
ルカの呟きが、背後で聞こえた。
試着室の中。
初めて触れる服を前に、シリウスはできるだけ視線を逸らしながら、手早くフィアの着替えを整えていく。
鏡に映る自分の姿を見て、フィアは小さく目を見開いた。
どこにでもいる、普通の旅人の娘のように見える。
「シリウス……どう?似合う?」
なるべく見ないようにしていたはずのシリウスは、
その姿に、思わず視線を留めてしまう。
悔しいが、
ルカの選んだ服は、フィアによく似合っていた。
「……」
言葉に詰まるシリウスをよそに、フィアは続ける。
「ルカさん……ルカにも見せてくる。
シリウスも、“かけおち”した使用人さんになって出てきてね」
言葉の意味を、あまり分かっていなさそうな調子で言う。
シリウスは一瞬悩んだが、
更衣室の外へ向かうフィアの背を、黙って見送った。
日常を与えてくれたことへの感謝を、ルカに伝えようとした――そのとき。
「わー!似合うじゃん、フィア!
うーん……でも、スカートはもう少し短くても……」
その言葉に、シリウスの中で何かが弾けた。
反射のように、試着室を飛び出していった。




