27話-1(分岐バッドエンド)
※この先は分岐となります。
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港町の昼下がり。
まだ、明るい時間だった。
港町の通りは人で溢れていて、
魚の匂いと酒と汗が、混ざり合っていた。
昼と夜の境目のような時間帯。
危険は夜に起きるものだと、誰もが思い込んでいる時間。
服屋へ向かう道すがら、シリウスは無意識にフィアの方へ手を伸ばしかけた。
人の流れが多い。
歩き慣れていない者がはぐれるには、十分すぎる。
「……大丈夫」
フィアが、小さく首を振る。
「一人で、歩いてみたい」
その声は落ち着いていて、
震えも、怯えもなかった。
ほんの少し前まで、
外に出ること自体に躊躇していた少女だとは思えないほどに。
シリウスは、指先を止める。
(……そうだ)
彼女は、もう“守られるだけの存在”ではない。
そう思いたかった。
だから、その手を引っ込めた。
その判断に、理由はなかった。
油断でもなかった。
信頼に近い、曖昧な感覚だった。
通りを外れ裏へ抜けるための、短い路地に足を踏み入れた、その瞬間だった。
「――」
シリウスの視界の端で、誰かがぶつかる。
酒の匂い。乱暴な笑い声。
反射的に、そちらを見る。
ほんの一瞬。
ほんの、刹那。
その瞬間、
フィアの腕が、背後から強く引かれた。
声を上げる暇はなかった。
腕を掴まれる。
背中に太い腕が回る。
口を塞がれる。
驚きの息さえ漏れない。
悲鳴の準備をする間もない。
酒と汗の臭い。
港で働く男の、荒れた皮膚の感触。
理性の欠片もない、欲と勢いだけの動き。
教会も、聖女も、価値も関係ない。
「若い女」というただそれだけの理由。
「……っ!」
シリウスが振り返ったとき、
そこにいたはずの姿は、もうなかった。
「フィア様?」
声が、路地に落ちる。
返事はない。
足音。
人のざわめき。
何事もなかったかのような、昼の港町。
「……フィア様!」
呼ぶ。
名を呼ぶ。
何度も。
ルカがすぐに駆け寄る。
「どうした……って、フィアは?」
言葉を交わす前に、二人は同時に走り出していた。
走れる限りの速度で。
路地を曲がり、建物の隙間を抜け、人混みを割り、探す。
だが、港町の迷路は容赦がなかった。
陽光はまだ明るいのに、影だけが濃い。
どこを探しても、どんな扉を開けても、どれだけ呼んでも――フィアはいない。
何度も呼んだ名前は、空気に溶けていく。
呼ぶたび、意味を失っていくようだった。
ルカの頭に、
一瞬だけ、地獄が浮かぶ。
港。
船。
檻。
値段。
名前を失った女たち。
それを、口にはしない。
シリウスは、立ち尽くしていた。
視線が、自分の空いた手に落ちる。
さっきまで、そこに触れようとしていた手。
(……掴んでいれば)
無理にでも。
嫌がられても。
守護騎士として。
男として。
あの手を、握っていれば。
「フィア、様……」
もう一度、名を呼ぶ。
返事は、ない。
世界は、何も変わらない。
港町は賑やかで、
昼は明るく、
人は行き交い続ける。
bad end.
平等




