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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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25話

馬車は順調に街道を進んでいた。

日差しは穏やかで、道も乾いている。


このままなら、夕方には次の街へ着ける――

そう思えた、そのときだった。

車輪から鈍い音が走り、直後に揺れが不自然になる。


ルカが即座に手綱を引き、馬車は路肩で止まった。

確認すると、車輪の軸に歪みが出ていた。



「……参ったな」



致命的ではない。

しかし、このまま進めば確実に壊れる。

修理は可能だったが、想定以上に時間を取られた。


仮留めを重ね、ようやく動かせる状態に戻った頃には、

日はすでに少し傾き始めていた。


三人は、街道の先を見やる。

ここから先、道は二つに分かれている。


一つは、広く見通しのいい道。

遠回りになり、途中で野宿を挟む可能性が高い。


もう一つは、少し道が狭いが、近道。

順調に進めば、夜には街に着ける。


フィアの体調は、まだ万全ではない。

咳は残り、長時間の移動や野宿は負担になる。


条件だけを見れば、

近道を選ぶのが合理的だった。


だが――誰も、すぐに口を開かなかった。

馬車の中に、短い沈黙が落ちる。


そのとき、フィアが窓の外を見つめたまま、ぽつりと言った。



「……あの道」



指さす先は、近道の方角だった。



「なんだか、少し……怖い気がします」



声は小さく、曖昧だ。

理由も、根拠もない。


けれど、その言葉は、はっきりとそこにあった。



シリウスは、一瞬だけ息を詰めた。

近道の方角を見て、次にフィアを見る。


以前なら、

「気のせいです」と言っていたかもしれない。


だが、今は違った。



「……怖い、というのは?」



そう問い返す。


フィアは、少し考えてから首を振る。



「うまく言えません。ただ……静かすぎる、というか」



その言葉に、ルカがゆっくりと息を吐いた。



「僕も、こっちの道は反対かも」



二人の視線が、ルカに向く。



「今の馬車は、修理跡もあるし、目立つ。

それに、自慢じゃないけど上等な馬車だ」



軽く車輪を見やりながら続ける。



「狭い道で足を止めたら……、

待ち伏せする側からすれば、これ以上ない獲物だよ」



感情ではなく、事実としての判断だった。



「僕なら……あの道で待つね」



静かな声で、そう言った。

再び、沈黙。


その沈黙を破ったのは、フィアだった。



「……こっちの道、にしましょう」



はっきりとした声。



「私はただ……狭い道、が怖いのかも」


シリウスは、その言葉を否定しなかった。

教会という狭い世界に閉じ込められてきたフィアが選ぶ道。

シリウスは一度深く息を吐き、頷く。



「そうですね、広い道を行きましょう」



その判断に、ルカも異を唱えない。



「賛成。安全第一だ」



馬車は、広く見通しのいい道へと進路を変えた。



しばらく進んだあと、

フィアはふと、近道の方角を振り返る。


そこには選ばなかった自分の影が見えるような気がした。



馬車は、車輪の状態を気遣いながらゆっくりと進む。



フィアは、胸の奥に静かな確信を覚えていた。



(……今の選択は、間違っていない)



シリウスは、手綱を握りながら思う。


守るとは、前に立って切り伏せることだけではない。


立ち止まり、選び、避けることもまた――守りなのだと。



馬車は、遠回りの道を行く。

港町へは、まだ遠い。



日が傾き、空の色がゆっくりと変わっていく。風が冷える。


やはり一度夜を明かす必要がある。

道の脇、風を避けられる場所を選び、馬車を止める。


ルカとシリウスは無言で役割を分け、手早く動き始めた。


火起こし。

簡易の囲い。

馬の世話。


どれも迷いがなく、手慣れている。

フィアは馬車の中から、その様子を眺めていた。


教会の外に出ることもほぼなく、野外で夜を越すことなど考えたこともなかった。

準備も、判断も、すべて他人がしていた。

無駄がなく、静かで、確実な段取り。


フィアは、外套を握りしめたまま、少し迷ってから声をかける。



「……何か、手伝えることはありますか?」



自分でも意外なほど、はっきりとした声だった。

ルカが振り返る。

一瞬、考えるような間があってから、穏やかに笑った。



「うーん……」



視線が、フィアの顔色と肩にかかった外套に向く。



「じゃあね」



軽い調子で言う。



「今日は、しっかり暖かくして、馬車の中にいてほしい」



否定でも、拒否でもない。



「それが、今いちばん大事な仕事だから」



フィアは、少しだけ目を瞬いた。


仕事。


教会で言われてきた“役割”とは、まったく違う響き。



「……それで、いいんですか?」



思わず、そう聞いてしまう。

ルカは肩をすくめた。



「もちろん。君が倒れたら、ここにいる全員が困る」



冗談めかした言い方だったが、内容は真剣だった。



「だから今日は、無理しないこと。

それを選んだのは、君自身だよ」



フィアは、その言葉を胸の中で反芻する。

――選んだ。

自分が。



「……わかりました」



そう答えて、外套をしっかりと肩にかけ直す。

馬車の中に戻ると、外よりもずっと静かで、暖かかった。


焚き火の明かりが、布越しに揺れている。

フィアは膝を抱え、ゆっくりと息を吐いた。

外では、シリウスが火の様子を確認している。

その背中は、昼間よりも少しだけ柔らかく見えた。



(……一緒に、夜を越してる)



それは、初めての感覚だった。

守られているだけではない。


置いていかれてもいない。

役に立つことは、まだ少ない。


けれど、“ここにいる”こと自体が、意味を持っている。


そう思えた。


フィアは、外套に顔を埋め、静かに目を閉じる。


火のはぜる音。

馬の低い息遣い。

遠くで鳴く夜鳥の声。


教会の鐘は、ここまで届かない。

それでも、不安はなかった。

ゆっくりと、

確かな安心が、フィアを包み込んでいった。

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