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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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22話


フィアは、ゆっくりと目を覚ました。


熱はまだ残っている。

頭の奥が少し重く、思考は霞がかかったようだが、それでも昨日よりははっきりしていた。


シリウスに背負われどこかへ向かっていた気がする。

冷たい外気と、熱いほどのシリウスの背中の温度。

それが夢だったのかどうか、まだ判断がつかなかった。



はっきりとしてくる視界に最初に入ったのは、見慣れない天井だった。

高く、装飾は少なく、光が柔らかく拡がっている。



――あ、ここは。



すぐには言葉にならないが、身体が先に理解する。

空気が違う。

香油や蝋燭の匂いがしない。


耳を澄ませても、祈りの時間を告げる鐘の音は聞こえなかった。


代わりに、かすかに聞こえるのは廊下を歩く足音と、外の街の気配。

人の生活が、遠くで続いている音。



(……教会じゃない)



そう思った瞬間、安堵と戸惑いが同時に浮かぶ。



フィアはそのまま、じっとしていた。


次に何をすればいいのか、分からなかったからだ。


起き上がっていいのか。

横になったままでいるべきなのか。

祈る時間ではないのか。


いつもなら、誰かが教えてくれた。

侍女が声をかけ、時間を告げ、必要なことを並べてくれた。


だが、今は――誰も何も言わない。


その沈黙が、少しだけ不安だった。


間違えてしまったらどうしよう、という感覚が、遅れて胸に浮かぶ。




コンコン、と控えめなノックの音がした。


フィアがそちらを見ると、扉が静かに開き、金色の髪の青年が顔を覗かせた。



「ルカ、さん……」


「……おはようございます。具合はどうですか?」



穏やかな声だった。

部屋に入ってくるが、距離は保ったまま。

彼は、必要なことだけを静かに伝えた。

なぜここにいるのか、今は休むべきだということ。

それ以上の事情には、踏み込まなかった。



「フィアさん、喉は渇いていませんか?」



そう言ってから、少し間を置く。



「白湯と、お茶があります。

どちらにしますか?」



フィアは、すぐに答えられなかった。


――どちらに、する?


そんなふうに聞かれることが、久しぶりすぎた。


教会では、飲み物も時間も量も、すべて決まっていた。

選ぶ必要はなかった。

考えなくてよかった。



(選ばなくていい、って……楽だったのかも)



同時に、胸が少しだけ、きゅっとする。


自分が、何も決めてこなかったことに、今さら気づいてしまったから。



「……」



フィアは一度、唇を閉じてから、かすかな声で言った。



「……お茶が、のみたいです」


「わかりました」



それだけだった。

驚きも、評価もない。


青年は、続けて問いかける。



「窓、少しだけ開けますか?

それとも今は閉めたままがいいですか?」


「……少し、だけ」


「はいはい、少しだけ開けときますね」



淡々と応じて、窓をほんのわずかに開ける。

冷たすぎない外気が、静かに流れ込んできた。


その一連のやり取りに、フィアは気づく。


――間違えていない。

どちらを選んでも、怒られない。


その事実に、胸の奥が少しだけ緩んだ。



「……ルカ、さん……シリウスは?」



ふと、見慣れた銀の髪が視界にないことに不安な色を顔に浮かべ、尋ねる。


部屋の端で様子を見守っていたシリウスは、その声に顔を上げた。


フィアが、自分で選んでいる。

小さなことだが、それがはっきりと分かる。


嬉しさと同時に、胸の奥に刺さる感覚があった。



――自分は、これまで。



守るという名目で、決めてきた。

選択肢を与えないことで、安全を確保してきた。


それが正しいと思っていた。

だが、今目の前にある穏やかな光景を、否定できない。


青年のやり方に、反発する理由が見つからなかった。


フィアが、穏やかだから。



「……ここにいます」



そう答えると、フィアはほっとしたように目を細めた。


やがて、ルカは一礼し、静かに部屋を出ていく。



沈黙が戻る。


フィアは、少し考えてから、小さく言った。



「……こんなに、自分で決めたの……初めて」



シリウスは、すぐに言葉を返せなかった。

だが、否定もしなかった。



(守る、とは)



選ばせないことではない。

選べる場所を作ることも、守り方なのかもしれない。


それは敗北ではなく、役割の更新だと、ようやく思えた。




フィアは、再び眠りに落ちていく。


眠る前、はっきりと感じていた。


教会とは違う。

けれど、怖くない。


その寝顔を見ながら、シリウスは初めて――



(……一人で背負わなくても、いいのかもしれない)



そう思っていた。


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