21話
「大丈夫です。
僕はあなた達を、教会に引き渡すつもりはありません。別にお金になりませんし」
穏やかな声だった。
約束でも、誓いでもない。
ただ事実を告げるような調子。
その言葉がどこまで届いたのかは分からないまま、
シリウスは短く、頷いた。
今は問い返す力も、疑い続ける余裕もなかった。
「少し休んでください。
あなたも、フィアさんも……休息が必要です」
そう言って、ルカは一歩下がる。
まるで退出を促すように。
シリウスはフィアの様子を確かめるため、寝室へ向かった。
静かな寝息。
規則正しい呼吸。
熱はまだ残っているが、先ほどよりも確かに落ち着いている。
シリウスは寝台のそばに腰を下ろし、
外套をかけ直し、彼女の額に手を伸ばしかけ――やめた。
起こす理由は、もうなかった。
扉が静かに閉まる音を聞いてから、
ルカは先ほど荷物を並べた机の前に座った。
そこには、
銀の甲冑と、白い装衣。
どちらも、この国における「役割」を象徴するものだ。
「……真面目、だなあ」
小さく、独り言のように呟く。
彼がそれらを置いていった理由は、理解できた。
対価として、助けられた礼として。
関わった以上、返すべきもの。
あの馬車で街へ入ったときのやり取り。
物と引き換えに安全を得る、というやり方。
自分の持ち物に価値があること。
きっと、そこで学んでしまったのだ。
(危ういな)
誠実で、責任感が強い。
だからこそ、自分だけで背負おうとして、いちばん壊れやすい。
もし自分が介入していなければ――
二人は今頃、教会の網にかかっていただろう。
ルカは正直なところ、あまりにもあっさりと手の内に収まってしまい、拍子抜けすらしている。
もっと抵抗すると思っていた。
もっと、疑われると思っていた。
だが現実は、
疲弊と罪悪感と不安が、判断を鈍らせていた。
(今、このタイミングで良かった)
そうでなければ、
こちらがどれだけ準備していようと、間に合わなかった。
ルカは机の上の鎧と装衣に視線を落とす。
例え騎士と聖女の噂が流れてないとしても、すぐに誰の持ち物か分かる。
それは、ルカたちへの
「もう戻らない、これ以上関わらない」という意思表示でもあったのだろう。
「……でも」
ルカは、ふっと息を吐く。
「もう、そうはいかない」
小さな宿でも、森の中でもない。
今は、暖かく、閉ざされ、逃げ道のない場所。
守られているようで、
誰かの管理下にある空間。
彼らは、選んだ。
少なくとも、そう思っている。
それで十分だった。
ルカは立ち上がり、
装衣と甲冑を静かに整えて、視界から外す。
今はまだ――語る必要はない。
ルカの理由も、目的も、
この先の行き先も。
大切なのは、
二人がここにいる、という事実だけ。
寝室の奥から、
フィアの穏やかな寝息が、かすかに届く。
ルカはそれを聞きながら、
窓の外、日の昇り始めた空を見上げた。
恩を売って、縁を結んだ。
良いものでも悪いものでも、縁というものは想像以上に強い。
0から1にすることは、1から2にするより、ずっと難しい。
「ゆっくりでいい、まだ」
誰にともなく、そう呟いて。




