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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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17話

シリウスは階下に降り、店主と共にいた青年の前に立った。



「……診察を、お願いしたい」



短く、だがはっきりと告げる。

金色の髪の青年――ルカは、わずかに目を瞬かせたあと、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。



「もちろんです」



人当たりのいい笑顔。迷いのない返事だった。



「では、行きましょうか」



二人は並んで階段を上る。

その間、シリウスは一度も足取りを緩めなかった。


扉の前で、ルカが静かにノックをする。



「失礼します。診察に伺いました」



中から、かすかな気配が返る。

シリウスが扉を開け、先にルカを通した。


部屋の中は、薄く灯された明かりに包まれていた。

フィアは寝台の上で、上体を起こそうとしていた。



「無理をなさらず」



すぐにシリウスが近づき、背に手を回して支える。

その動きは自然で、迷いがなかった。

ルカはその様子を見て、ほんの一瞬だけ視線を細める。



「……優しいお兄様ですね」



和ませるような声音。



「いえ、私たちは……」



シリウスは言葉を探し、視線を落とした。

何と説明すればいいのか、自分でも分からなかった。



「ああ、失礼」



ルカはすぐに笑って首を振った。



「違っていたようですね。

職業柄、人を見る癖がありまして。

当てる自信はあったのですが……外れてしまいましたね」



場を和らげる冗談として、そう付け加える。



「では、診察を始めましょう」



フィアは寝台に腰掛け、シリウスはその背を支え、傍を離れない。

ルカは近づきながら、穏やかな声で確認していく。



「息苦しさは?喉の痛みはありますか?頭は……重いですか?」



フィアは一つずつ、小さく頷いた。



「……やはり、熱が高いですね」



ルカは額に手を当て、体温を確かめる。

続いて、瞳を見るために少し身を屈める。


青碧の瞳が、間近で揺れる。

宝石のように澄んだその奥に、自分の姿が映った。



――その瞬間。



(……これは、危ない)



胸の奥に、ぞくりとした衝動が走る。


この国で動くために作り上げた、商人としての顔。

その仕事は、ルカの性に合っていた。


珍しいものを見つけ、価値を見極め、手に入れる――

今まさに、その瞳を“欲しい”と思ってしまった。



だが、ルカはすぐに視線を逸らした。

商人としての顔を、医師としての理性を引き上げる。



「……少し、呼吸の音を聞かせてもらってもいいですか?」



鞄から、音を聞くための器具を取り出す。

それは同時に、身体に触れるという宣言でもあった。



「……フィア様、もし不安でしたら」



問いかけに、フィアは小さく首を振る。



「平気よ。教会でも、お医者様によく診てもらっていたから」



その一言が、シリウスの胸を刺す。


教会の回診。

診察のために、体の弱いフィアは幾度も身体をみせてきた。

彼女にとってそれは、日常だった。



「……失礼します」



シリウスはフィアの服の端をめくり、見えないように手で覆いながら、そっと抑える。

ルカは一礼し、金属の器具を皮膚に当てた。



「少し冷たいかもしれません」



フィアの肩が、ぴくりと震える。



「息を、そう……止めないで、繰り返して」



静かな声が指示を出す。

その間、シリウスは何も言わず、ただ見守った。

腕の中、服の下に他の男の手が動いている。


それが診察だと分かっていても、目に見えないというだけで、余計に想像がかき乱された。


とはいえ、服を完全に上げることなどできるはずもない。

その葛藤が、時間を長く感じさせる。



やがて、ルカは器具を離した。



「……ありがとうございます。終わりました」



フィアに、穏やかに微笑みかける。



「お疲れ様。よく頑張りましたね」


「はい……ありがとうございます」



フィアは小さく笑い、礼を言った。



「熱の原因は、気管の炎症ですね。

先に熱が出ているけれど……これから咳が出始めると思います」



ルカは少し難しい表情を浮かべる。



「熱冷ましと咳止めの薬を。

あとは――安静ですね。

逆に言えば、それ以外にできることはありません」


「安静に……」



シリウスが、呟くように繰り返した。



「薬を見繕ってきます。

それと、説明もしたいので……お兄さん、あ、違った」


「シリウスです」


「失礼、シリウスさんも一緒に」



二人はフィアのいる部屋をそっと出た。


階下、薬棚の前で手を動かすルカに、シリウスが尋ねた。



「安静に、というのはどのくらいですか?」


「少なくとも一週間は」



ルカは即答した。



「病状によってはもっと、ですね」


「……一週間」



その言葉が、重く響く。

聖女の噂。

あの宿で耳にした不穏な話。

すでにこの街にも届いている。

長居は、あまりに危険だった。



「どこか……お急ぎの旅でしたか?」



ルカが何気なく問いかける。



「ええ、まあ……」



シリウスは濁した。



「でしたら、僕の馬車に乗っていきませんか?」



さらりと、だが確実に差し出された選択肢。

信じていいのか。

その答えは、まだ分からない。



だが――ここにいる限り、時間は味方にならない。

それだけは、確かだった。


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