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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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16/27

12話-1(分岐)

※この先は分岐となります。


物語の本筋を追う場合は、13話へ。




フィアは、ひとりで目を覚ましていた。

窓辺のカーテンが、昼の風にわずかに揺れている。


差し込む光は柔らかく、時間は穏やかに流れているように見えた。

隣の寝台では、まだシリウスが眠っている。


深い眠りだった。

呼吸は安定し、昨夜から刻まれていた眉間の緊張は消えている。


剣を手放し、警戒を緩めた姿を、フィアは初めて見る。



(……起こしたら、また無理をさせてしまう)



今、この眠りを邪魔してはいけない気がした。


そのとき。

廊下を歩く足音が聞こえた。

ゆっくりとした歩調。


階段の軋む音。

隣の部屋から、何かを落としたような小さな物音。


宿では、珍しいことではない。

まだ「危険」と呼ぶほどの気配ではなかった。


その少し後。

コンコン、と扉が軽く叩かれた。


一度だけ。

控えめで、ためらうような音。


フィアは確信が持てず、動けなかった。

この部屋の扉か、それとも別の部屋の扉を叩く音か。

曖昧な判断でシリウスを起こすべきなのか決めかねていた。


やがて、その音がなかったかのように、廊下は再び静まり返る。



それからまたしばらくして、今度は誰かが呼ぶ声が聞こえた。

はっきりとした声ではない。


それでも確かに、「聖女様」と。

教会で聞いたことのある誰かの声。

扉は叩かず、まるでフィアだけを静かに呼ぶように。


フィアは思わず、シリウスを見る。


――眠っている。

呼吸は乱れていない。



(……起こしたくない)



この眠りを、奪いたくなかった。



(きっと、教会の誰か。

少し話すだけなら……)



この部屋に無理やり押し入り、フィアを連れ出すなんて簡単だろう。

それをしないということは、まだ自分の言葉を聞くつもりなのかもしれない。


続けて、扉の向こうから声がかかる。



「体調の確認に参りました」


「ご無事でしょうか、聖女様が心配なのです」



名は名乗られなかったが、側仕えの侍女の誰かの声に聞こえた。



「……はい」



フィアは、小さく返事をしてしまった。

その瞬間、空気が、変わった。

扉は、まだ開いていない。


逃げることも、叫ぶこともできた。

フィアは、胸に手を当てる。


扉越しの会話。



「今なら、まだ戻れます」


「聖女様がいなくなれば、私たちもどうすればいいのか……」


「銀の騎士は貴女と居る限り罪を重ね続けることになります」


(シリウスの、罪)



その言葉が、フィアの中で最後に残った。



(……シリウスは、私のために)



これ以上、苦しめたくない。



(私が戻れば……)



罪は、自分一人が背負えばいい。


シリウスに、選ばせない。

戦わせない。

罪を、重ねさせない。


フィアは、扉越しに告げた。



「……分かりました。戻ります。ただし……」



声が、震えないように意識する。



「彼を……シリウスを、私を攫った罪人にしないで下さい」



返答は、驚くほど早かった。



「もちろんです、司教様にお伝えします」


「聖女様のご意思ですから」



あまりにも即答で、あまりにも穏やかで。

その不自然さに、気づけなかったのは――


フィアが、人を疑うということを知らなかったからだ。



扉が開く。

フィアは、何も持たなかった。

荷物にも、シリウスの外套にも、触れない。


最後に一度だけ、眠る顔を見る。



(……きっと穏やかな夢を見ているはず。それで、いい)



扉が閉まる。




――約束は、最初から存在していなかった。



『司教様にお伝えします』

交わした約束は、その言葉だけだった。



フィアは「自発的に戻った聖女」

シリウスは「聖女を攫った罪人」



その物語は変わらない。

 

目を覚ましたとき、シリウスは異様な静寂に違和感を覚えた。

しかし頭の中心が重く痺れたように上手く働かない。


それでもすぐに気がついた。

隣の寝台に、フィアがいない。


その瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。


入ってきたのは、騎士たちだった。

顔見知りの者もいる。

かつて共に訓練し、剣を交え、笑い合ったこともある者たち。


誰一人、剣を抜かない。

だからこそ、これは戦いではないと分かる。


そして、シリウスはフィアが教会に戻されたのだ、と理解する。



「……シリウス、お前はなんてことを」



誰かが、吐き捨てる。



「やっぱり、真面目な奴ほど裏で何考えてるかわからない」


「聖女様を攫うとか……最低な罪人だ」



腕を取られ、膝をつかされる。

抵抗は許されない。

そのとき、淡々とした声が告げた。



「顔は傷つけるな。

――司教様からの命令だ」



その一言と同時に、痛みと罵声が振り注いだ。


しかしシリウスの中で響いていたのは、

フィアを守れなかったという痛みと、

あの夜、最初に助けを求めた彼女の声だけだった。



シリウスの意識が静かに闇に堕ちる。



次にシリウスの意識が戻ったとき、そこは教会だった。

誰かに腕を掴まれたまま跪かされ、顔を上げた先に――フィアがいた。


完全に聖女の装衣に身を包み、あの日、自分で着替えたはずの衣に、再び戻っている。


その腰を、司教が当然のように抱いていた。

守る手ではない。所有を誇示する手。


フィアは何も言わない。

抵抗もしない。


ただ、その目だけが、シリウスを悲しげに見る。

司教が、微笑んだ。



「さて」



相変わらず正しさだけを貼り付けたような顔で、口を開く。



司教の合図で、シリウスはフィアの前に引き出される。



だが、自分の足で歩いているとは言い難い。

二人の騎士に挟まれ、支えられるようにして前へ出される。


鎧はない。

旅装のまま――いや、宿で着ていた服は、すでに布としての役目を失っていた。


裂け、汚れ、血の跡が乾きかけている。

だが、致命傷は避けられ、顔には傷一つない。


立てる程度には生かされ、

“見せる”にはちょうどいい状態に。



フィアは、息を呑む。


声が出ない。

足が動かない。


それでも、目だけは逸らせなかった。


――あれは。

自分を背負い、森を越え、

剣を抜かずに守り、あの時に眠るまで、側を離れなかった人。


夜の闇から守るように自分を抱いていた胸も腕も赤く、酷い状態だった。


司教は、フィアの腰に添えた手を緩めないまま、穏やかな声で語りかけた。



「ほら。よく、見てください」



諭すような口調だった。

叱責でも、嘲笑でもない。



「これは貴女の罪ですよ。フィア」


 

フィアの喉が、ひくりと鳴る。



「貴女が彼に“助けて”と願った。

その結果が、これです」



司教は一歩、前に出る。



「彼は貴女のことを守ろうと必死に駆けて、逃げた」



だから――と、司教は微笑む。



「こうなった」



フィアの視界が、揺れた。

違う、と言いたかった。

そんなつもりではなかった、と。


だが。

自分が「助けて」と言ったこと。

あの時に、シリウスを起こさなかったこと。

誰かの言葉を信じたこと。



――すべて、事実だった。



シリウスは、何も言わない。

唇は血で切れているが、視線だけは、フィアを追っている。


責める色はない。

恨みも、怒りもない。

ただ、その青い瞳は静かな確認のように。



(それでも、あなたが選んだのなら)



そう言っているような目だった。


フィアの胸が、強く締めつけられる。

司教は満足そうに、その反応を見下ろす。



「さあ。ここから先は――」



その声が、少しだけ低くなる。





※この先の分岐エンドは3種類。

12話-1-1

12話-1-2

12話-1-3

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