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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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12話

粥の器を片付け、水を飲み終えたフィアは、まだ少しぼんやりとした目で、窓の方を見つめていた。

陽の光が柔らかく、揺れるカーテン越しに差し込んでいる。


シリウスは静かに立ち上がると、寝台を整える。

その上に手を差し伸べると、フィアはおとなしく従い、毛布の中に身体を沈めた。



「……横になっていてください。薬が効くには、少し時間がかかります」



そう言って、髪が乱れないように枕元を整え、

毛布の裾を足元まで丁寧に直す。


シリウス自身も、限界に近い疲労を感じていた。

体力も、意識も、気の張りつめた緊張も。


しかし彼はそれを、フィアに悟らせたくなかった。



「フィア様。……隣で、少しだけ休ませていただきます。

何かあれば、すぐに気づきますから」



そう断ってから、

もう一つの簡素な寝台に腰を下ろす。


剣は手の届く場所にある。

窓も、扉も、鍵も、確認済み。



窓の外から、通りの喧騒がかすかに聞こえる。


人の声。

馬の蹄。

風に揺れる看板の軋み。


不思議と、それが心地よかった。


いつもなら、外の気配を読み取り、備えに使うはずの音。

なのに今は、それがまるで“日常”の証のように思えて。


ほんの数刻前まで森の奥に潜み、

追われる覚悟で街へ入り――



けれど今は、誰にも追われていない静かな部屋の中で、温かな布団に包まれたフィアの隣に、横たわっている。


それだけで、胸の奥から、疲れがゆっくりと溶けていくのを感じた。


最後に、フィアの寝息を確かめるように目を向ける。

その頬は、少し赤みを帯びて、眠っていた。


シリウスは、瞼を閉じる。

警戒を完全に解いたわけではない。

だが、眠りが、それを押し流していった。


昼の街のざわめきが、

護るべき者の寝息と重なって――


静かに、深く、シリウスは眠りに落ちた。




先に目を覚ましたのは、フィアだった。


最初に意識に入ってきたのは、

聞き慣れない音――街の昼のざわめき。


身体を起こそうとして、熱がまだ完全には引いていないことを思い出し、

フィアはゆっくりと動きを止めた。


視線を横に向ける。


隣の寝台で、シリウスが眠っていた。


深い眠りだ。

眉間に刻まれていた緊張は消え、

呼吸は静かで、規則正しい。


――眠っている彼を見るのは、初めてだった。


いつも背中を見ていた。

前を歩き、剣を持ち、道を選ぶ人。

休んでいる姿を、意識したことがなかった。


聖女になる前。

まだ少しだけ自由に振る舞えた頃。


何度か、言葉を交わしたことがあった。


天気のこと。

体調のこと。

どれも、取るに足らない話だった。


それでも――

誰かと「普通に話す」という行為が、

あの頃のフィアには、確かに残っていた。


聖女とその騎士となってからは、必要な言葉しか許されなかった。


祈りの指示。

儀式の確認。

体調の報告。


それ以外の言葉は、

いつの間にか、必要のないものとして扱われていた。


……寂しい、と。

あの頃、そう思っていたことを、

今になって思い出す。


あの頃から美しいと思っていた銀色の髪が、その持ち主の胸の動きと共に微かに揺れる。



(……無理を、しているのでは)



逃げる夜。

森を越え、礼拝堂に隠れ、街へ辿り着き――

そのすべてで、彼は一度も立ち止まらなかった。


自分が弱っている間も、

恐れている間も、

眠っている間さえも。


フィアは、毛布の端をそっと握りしめる。



(私の、せいで)



その言葉は、まだ形にならない。

けれど、確かに胸を締めつけていた。


シリウスは、教会に仕える聖騎士だった。

守る側で、命令を受ける側で、「正しい場所」に立っていた人。


――その人が、今は。


教会から追われる立場になっている。

すべて、自分を連れて逃げたから。


フィアは、喉の奥がきゅっと詰まるのを感じた。


彼は、何も言わない。

不安も、後悔も、口にしたことはない。


だからこそ――

それを背負っているのだと、分かってしまう。


フィアは、寝台の縁に指を置き、

そっと身を乗り出す。


起こさないように。

触れないように。


ただ、確かめるために。


その距離で見るシリウスは、

ひどく疲れていて、

それでも、穏やかだった。



(……守られるだけじゃ、いけない)



何をすればいいのかは、分からない。

今すぐできることも、思いつかない。

それでも。


フィアは、ゆっくりと身を戻し、

再び横になった。


眠るシリウスを起こさないように、

自分の呼吸を整えながら。


昼の光は、窓辺で静かに揺れている。


この時間が、もう少しだけ続けばいいと――

フィアは、初めてそう願っていた。


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