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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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14/27

11話

シリウスはフィアを部屋に戻し、外套の裾を整えてから一人で食堂へ降りた。


食堂は朝と昼の境目で、妙に落ち着かない空気だった。

夜通し飲んでいたらしい酔客がまだ数人居座り、一方で商人や旅人が、遅い朝食を取り始めている。


彼は壁際のカウンターに立ち、

刺激の少ない料理を視線で探す。


粥。

柔らかく煮た野菜。

薄い肉のスープ。


――それで十分だ。


注文を告げようとした、そのとき。


背後の卓から、濁った笑い声が漏れた。



「……聞いたか?

教会のほう、今ちょっと騒がしいらしいぜ」



シリウスの指が、わずかに止まる。



「聖女が消えたとか、なんとか」



別の声が、酒気を帯びて続ける。



「はは、そんな話、よくあることだろ。

大抵が教会に反発する奴らが貶めようと流した嘘だ」


「いや、今回は違うって話だ。

守りの聖騎士ごと消えたってさ」



その言葉に、シリウスは呼吸を一拍、遅らせた。


食堂の音が、一瞬だけ遠のく。



「銀色の鎧の、女みたいな顔をしてるっていう騎士だろ?

ああいうのが一番怪しいんだよなぁ」


「聖女を攫って、どこかで――」



言葉の続きを聞く前に、

シリウスはカウンターに硬貨を置いた。


音は、立てない。

だが、空気が変わる。


酔客の一人がちらりとこちらを見るが、旅装の男一人に、すぐに興味を失う。


料理を乗せた盆を受け取り、シリウスは食堂を出た。



階段を上りながら、

胸の奥で、静かに何かが固まっていく。


街外れ。

小さな宿。

それでも、完全な隠れ場所ではない。


扉の前で立ち止まり、呼吸を整える。



(今、フィア様を不安にさせてもよいことはない)



その言葉を刻み、鍵を開けた。


食堂から持ち帰った盆を、シリウスは静かに卓へ置いた。


外の噂が耳に残っている。

酔った声、無責任な憶測、軽い笑い。

それらは頭の隅で、決して消えない。



――それでも。

それを顔に出さない。

それが今できる、最も確実な守り方だった。


匙を手に取り、まずは湯気の立つ粥を少し冷ます。

香りは淡く、味も薄い。

身体に負担をかけないための、選んだものだ。



「……無理はなさらず。少しずつで大丈夫です」



フィアは頷き、ゆっくりと口をつける。

一口ごとに、ちゃんと噛んで、飲み込む。


その様子を、シリウスは目線を落としたまま見守り、自身の食事にも手を付ける。


食事の間、部屋には穏やかな沈黙が流れた。

遠くで人の声がするが、壁越しで、意味を持たない。


食べ終える頃には、フィアの顔色が、ほんのわずかに和らいでいる。

シリウスはその変化を見逃さない。



「……では」



包みから薬を取り出し、卓に置く前に、フィアの方が先に手を伸ばした。



「大丈夫です。こういうお薬……慣れていますから」



そう言って、迷いなく薬を口に含む。

その仕草は、驚くほど手慣れていた。


シリウスの胸の奥で、小さく、鈍い痛みが走る。



(慣れている、という言葉を……)



彼は何も言わない。

言えない。


ただ、水を渡し、

飲み下すのを見届ける。


しばらくして。


フィアは、掌の中に残っていた飴玉を見つめ、

少しだけ視線を上げた。


その表情には、遠慮と、ためらいと、わずかな期待が混じっている。



「……あの」



声は小さい。



「お薬、飲みましたし……、

この後で……飴を、食べてもいいでしょうか」



まるで、許可を求めることに慣れすぎているような聞き方だった。


シリウスは一瞬、言葉を失う。


薬の後に飴を食べることなど、問題になるはずがない。



だが――

彼女がそれを「尋ねる」という事実が、どうしようもなく、胸に残る。


フィアに関わる全ては司教が管理していたことは知っている。


それを、深く考えたことはなかったが、教会の外でそれを目の当たりにすると、異常さがわかる。


シリウスはフィアの問いかけに、ゆっくりと首を振った。

否定ではない。


それから、静かに微笑む。



「……構いませんよ。喉も、楽になるでしょう」



そう言って、フィアの手元に視線を落とす。


フィアは、ほっとしたように小さく笑う。


包み紙を外す指が、少し不器用なのも、その仕草がやけに慎重なのも、

すべてが今は、あまりにも静かだった。


「まるで宝石みたいですね」



包みから取り出した飴を宝物のように光にかざすフィア。


本物の宝石のついた装衣や宝飾品で飾り立てられてきたというのに。

名残惜しそうに口に含み、その甘さをシリウスに伝える。


シリウスは、その様子を見守りながら、心の奥で、警戒を緩めない。


この街は、安全ではない。

だが、この部屋の中だけは。


今はまだ、彼女が安心して甘さを感じていられる場所であってほしかった。


そう願いながら、

彼は椅子に腰を下ろしたまま、

一歩も動かなかった。

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