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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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9話

街外れの宿は、夜と朝の境目にあった。

少なくはない人通りの中、シリウスはフィアを背中に背負い、歩く。

自分で歩きたいと話すフィアだったが、熱と疲労で振らつくその姿に、シリウスは首を振った。


石畳がまだ冷たさを残す路地を抜け、看板の文字が半分剥げ落ちた、小さな宿の前でシリウスは足を止めた。


彼は扉を静かに押し開けた。

中には、寝不足の顔をした女主人が一人。

商人や旅人が多く使うのか、この時間でも人の出入りは珍しくないようだ。



「……部屋を」



短く告げる。


シリウスの後ろに隠れるようにフードを深く被るフィアを見て、女主人は一瞬だけ視線を伏せたが、何も問わなかった。



「一番奥。今なら空いてるよ」



鍵が差し出される。

代金を受け取る手つきは、淡々としている。


部屋は狭い。

だが、扉があり、窓があり、風を遮れる。

シリウスは中へ入ると、すぐに扉を閉め、内側から閂を下ろした。


そこでようやくフィアを背中からおろし、寝台に座らせる。

シリウスは膝をつき、彼女の額に手を当てる。

……まだ熱はある。

だが、悪化してはいない。



「飲めそうでしたら、少しだけでも」



商人から受け取った水筒の蓋を開け、フィアに手渡すと、彼は椅子を引き寄せ、寝台の脇に腰を下ろす。



シリウスは、低く、ほとんど音にならない声で呟く。



「……少し、休みましょう」



シリウスは、ようやく自分の身体に重くのしかかってくる疲労を自覚した。


脚の奥に残る鈍い痛み。

瞼の裏に溜まった熱。

緊張を解けば、そのまま意識が落ちてしまいそうなほどだ。


そのとき、フィアの視線が、彼に向けられていることに気づいた。


旅人の装い。

甲冑も、聖騎士の外套もない、簡素な服。


フィアは、まるで初めて見るもののように、じっと眺めていた。


シリウスは一瞬だけ戸惑い、

それから、ほんのわずかに口元を緩める。



「……似合いませんか?」



冗談めいた調子。

けれど、声は低く、穏やかだ。


その笑顔につられるように、

フィアも小さく笑い、首を振った。



その瞬間、彼女が今も、聖女の装衣の上から旅人の服を重ねていることを思い出した。


逃げるために必要だったとはいえ、決して着心地の良いものではないはずだ。


それを伝えると、シリウスはすぐに視線を逸らした。

体ごと、カーテンを閉めた窓の方を向く。



「着心地が悪ければ……着替えてください。

私は向こうを向いていますから」



言葉は、丁寧だ。

距離を守るための、いつもの調子。


だが――

フィアの声が、それを止めた。

戸惑いを含んだ、かすかな呟き。



「……そうしたいのですが、着替えかた、が……わからなくて」



シリウスは、すぐには振り返らない。


その一言が、彼女がどれほど「用意された衣服」に慣れ、

自分で選び、脱ぎ、着るという行為から遠ざけられてきたかを、痛いほど伝えてきたからだ。


しばらくの沈黙。

「……手伝っては、もらえませんか?」


その声がシリウスの心を刺す。

諦めたようにシリウスは振り向いた。


商人から譲り受けた旅人の服は作りが簡素で、言葉で説明すればフィアにも脱ぐことができた。


しかし聖女の装衣は複雑で、細かな刺繍や縫いつけられた宝石が布の継ぎ目を不明瞭にさせていた。



「背中の辺りに留め具があるはずで……」



その言葉にシリウスはフィアの髪を寄せ、留め具を探す。

しばらく苦戦した後に、折り返した布に隠されるように着けられた留め具を見つける。


それをフィアに伝えようと顔を上げたシリウスは、無防備なフィアの首筋が目に入る。



『その聖騎士様が聖女様を攫うなんて、やっぱりあいつも男だったってことだ』


『ああ、傑作だ』



古びた礼拝堂で聞いた言葉が頭の中によみがえり、シリウスは一瞬留め具に掛けた手を離す。


「シリウス……?やっぱり、難しいのなら刃物で……」


「いえ、留め具が見つかりました。

外すので後はご自分でお願いします」



シリウスはそれだけ告げると、立ち上がり、部屋の出口へと進む。



「宿の近くに薬屋がありました、熱冷ましの薬を買ってきますね」



フィアが何かを返す前に、部屋に鍵をかけてシリウスは外へ。



「私は、いったい何を……」



廊下に出た瞬間、胸の奥に押し込めていた息を、ようやく吐き出した。


守るために距離を取ることが、こんなにも苦しいとは思わなかった。


それでも彼は、扉の向こうに残した小さな気配から、目を逸らせなかった。

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