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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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1話

高い天井に、荘厳なステンドグラス。

他に誰もいないその空間で、この教会の象徴である聖女が、祈りの姿勢のまま一人佇んでいる。


それは、まるで一枚の絵画のような光景だった。

外から差す夕日が、彼女の淡い色の髪を金色にも銀色にも見せている。


白く滑らかな生地に、細かな刺繍や宝石を施した聖女の装衣は、彼女の聖性をさらに引き立てていた。


その日の最後の祈りを終えて、聖女フィアは静かに目を開ける。


淡い青緑の瞳が宝石のように瞬き、世界に色が戻る。



彼女が暮らすこの教会は、祈りを捧げることでこの国に満ちる魔を祓い、人々に平穏を与えている。

その中でも彼女の存在は聖性の象徴、教会の奇跡と呼ばれ、人々の信仰を集めていた。



聖堂には、まだ祈りの余韻が残っていた。

人々が去ったあとも、床に染み込んだ膝の跡や、蝋燭の煙の匂いが、そこに確かに「信仰があった」ことを物語っている。


フィアは静かに息を吐き、胸の前で組んでいた手をほどいた。

祈りの間、彼女は世界と深く繋がっている。


その感覚が薄れていくたび、少しだけ――名もない疲労が残った。


それは肉体の疲れではない。

もっと内側、魂の奥に沈むような、説明のつかない重さ。



「……今日も、無事に終わりました」



誰に向けた言葉でもない、小さな独白。

聖堂の高い天井が、それを静かに受け止めるだけだった。


祈るたび、確かに魔は退く。

平穏は訪れる。


夕日が傾き、ステンドグラスの色が床に滲む。

その光の中で、フィアはふと、背後に視線を感じたような気がして、振り返る。


そこには誰もいない。

いつも通りの、静かな聖堂。


なぜか、その沈黙が、今日に限って重く感じられた。


その日の祈りが終わった後、フィアは司教の部屋に来るように言われていた。


幼い頃に孤児院で暮らしていた彼女を見つけ出し、聖女として教会へ連れてきた司教。


教会で最も力を持ち、聖女を導いた者として、この国の魔を祓う神に最も近い存在とも呼ばれる。



(私、また何か失敗したのかしら……)



司教はフィアの振る舞いや言動に完璧を求める。


祈りの言葉が一瞬途切れる、祈りを終えて立ち上がる動作が遅れる、信者からの言葉に微笑み以外を返す。


それらは聖女に相応しくない、と司教は「正しさ」を伝えるために、その日の終わりに彼女を自分の部屋に呼び出す。

それは叱責ではなく、罰とも呼ばれない。

フィアもまた、それを受け入れるものだと教えられてきた。



司教の部屋は、聖堂の奥にあった。

信者の目には触れない、しかし決して隠されてもいない場所。


重厚な扉の前に立つと、フィアは小さく息を吸い、背筋を伸ばす。

装衣の裾を整える指先が、わずかに震えていることに気づいて、そっと握りしめた。


静かに、扉を叩く。



「お入りなさい」



穏やかで、よく知っている声。


部屋の中は、香が焚かれ、柔らかな灯りに満ちていた。

書架に並ぶ聖典、磨き上げられた机、祈りのための椅子。


どれもが「正しい場所」であることを主張している。


机の向こうに立ち、穏やかな笑みでフィアを迎える司教は、恰幅のよい体躯をした男だった。


年を重ねた穏やかさが顔立ちに滲み、柔らかな笑みは人を安心させる。


低く落ち着いた声は、幼い頃から聞き慣れた“導く者”の響きだった。


フィアの華奢な身体の前に立つと、

その大きな影が自然と覆いかぶさる。


守られているようでいて、抗えない――

そんな距離感を、疑わせない佇まい。



「今日の祈りも、ご苦労様でした。皆、あなたに救われています」



その言葉に、フィアは反射的に頭を下げる。



「……ありがとうございます」



褒め言葉のはずなのに、安堵は訪れない。

むしろ、その後に続くものを、身体が先に理解してしまっている。



司教はゆっくりと歩み寄り、彼女の前に立った。

視線が、淡い髪から瞳へ、そして装衣へと流れる。



「ただ――」



その一言で、心臓が跳ねる。



「祈りの最後、少しだけ……間がありましたね」



責める声ではない。

叱責でもない。

淡々とした、指摘。



「疲れているのでしょうか。それとも……迷いが?」



フィアは、首を横に振る。



「いえ、そんなことは……」



声が、少しだけ掠れた。

それを司教は見逃さない。



「聖女は、人々の指針です。ほんの一瞬の揺らぎも、信仰を曇らせる」



そう言いながら、司教は彼女との距離を詰める。

逃げるほどではない。

けれど、後ずさる余地もない距離。



「あなたが悪いのではありませんよ、フィア。

ただ――正しく導かれなければならないだけです」



その言葉は、いつもと同じ。

幼い頃から、何度も聞かされてきた響き。


フィアは俯き、唇を噛みしめる。



(私が……未熟だから)



そう思うことでしか、この時間をやり過ごせなかった。


司教は、彼女の顎に指を添え、そっと顔を上げさせる。

動きは丁寧で、乱暴さはない。

だからこそ、拒む理由が見つからない。



「怖がる必要はありません。

私は、あなたを正しく保つためにいるのですから。


間違いは、早いうちに正さなければなりません。

小さな揺らぎのうちに……お仕置きが必要なのです」



その穏やかな声の下で、

フィアの胸の奥に、名のない不安が、静かに沈んでいった。



「ですが、今日はそのことではありません」



いつもとは違う言葉にフィアは戸惑う。



「……え?」



ガラス細工のように透き通る肌に浮かぶ淡い赤の唇が疑問の音を紡ぐ様子を、司教はほほ笑んだまま見つめていた。



「フィア、貴女を神の導きで見つけ出し、この教会に訪れて、どのくらいでしょうか」



貧しく寒さに凍える孤児院から、大きな手をフィアに差し出した司教の姿はぼんやりと覚えている。

しかし幼かったフィアにとって、その頃の記憶は曖昧だ。



「立派に聖女としての務めを果たしてくれて、私は誇りに思います」


「司教様……」



司教は確かにフィアにとって恩人で、敬うべき存在だった。



「大切なお話があります」



次の言葉を聞くまでは。



「貴女も今年、成人の儀を迎えますね。つまり、大人になったということです。


神の代弁者である私の、花嫁になる準備が整いました」

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