第三話 短い人生
翌朝――
帝都キングロースターター駅前。
ヴィクターは同行者――アシュフォード少尉を待っていた。
数分後、広場に彼女の車が滑り込む。いつもより大きな車体だ。窓から顔を覗かせ、軽く会釈する。
「申し訳ありません、少し寄るところがありまして」
「構わない。それにしても、今日は一段と大きい車だな」
後部座席側が膨らんだ造りだ。アシュフォードが答える。
「調査隊のメンバーを乗せてきたんです。二人きりでは時間がかかりますから」
ヴィクターは窓越しに視線をやる。後部座席には見知らぬ四人が座っていた。
トランクを積み込み、助手席に腰を下ろす。
「後ろの者たちは、どこの所属だ?」
軍服を着ていなかったので問うと、彼女はあっさり答えた。
「軍人ではありませんよ。有名な考古学者の助教授たちらしいです」
「……学者?」
思わず眉をひそめる。だが彼らからは、妙に研ぎ澄まされた気配が漂っていた。
ただの学者には見えない。むしろ、熟練の軍人に近い雰囲気を持っている。
疑念は拭えなかったが、見た目だけで判断するのも危うい。追及はせず、黙って窓の外を見た。
車は帝都を離れてひたすら走り、三時間後。
眼前に広がったのは、果てしない大草原。その中央に、黒ずんだ巨塊のように遺跡が横たわっていた。
何百年も放置され、取り壊すことすら難しいとされる建造物。いつ建てられたかも定かでなく、過去に出土した品々は、この世界には存在しない材質や形状ばかり――曰く付きの遺跡だった。
入り口はまるで城塞の門のようにそびえ、古代の威容を今なお漂わせている。
車を停めると、ヴィクターとアシュフォードは下車したが、後部座席の「助教授たち」は降りてこなかった。窓越しに、無言でこちらを見ている。
呼びに行こうとしたヴィクターの腕を、アシュフォードが制する。
「彼らは軍人じゃありません。安全確認は私たちでやりましょう。拳銃もありますし」
「……ああ。確かに」
納得したふりをし、ヴィクターは遺跡の口へと足を踏み入れる。
浮浪者や盗掘団が潜んでいる可能性もある。腰の拳銃を抜き、ライトを灯して進む。
外観は館のようだったが、中は驚くほど簡素だった。崩落のため二階へ続く階段は途絶え、左右のドアも朽ち果て、先の部屋は影も形もない。
自然と視線は、正面にそびえる一枚の大扉へ向かう。
二人は扉の隙間から内部を確かめ、ゆっくりと押し開けた。
広がったのは、朽ちた建築には似つかわしくない厳かな空間だった。大広間と呼べるほどの広さ。天井はとうに崩れ落ち、月明かりと風が吹き込んでいる。床は岩盤をそのまま削ったように硬質で、中央には赤みを帯びた線で描かれた円形模様が広がっていた。
ヴィクターは警戒しつつも円に近づく。
幾何学的な図形、読めない文字列、三角形の連なり――
見れば見るほど、ただの装飾ではなく「何かの意味」を持っている気がした。
何かの言語だろうか。
「アシュフォード少尉、これを見てみろ――」
そう言って後方のアシュフォードを呼び寄せた瞬間、背中に鈍い衝撃が走った。
ドンッという重い一撃。身体が前に押し出される。次いで、胸の奥に刃がめり込むような――とてつもない激痛が襲った。
軍刀の柄を押し当てられたような感覚。視線を無理に反らして背後を見ると、そこに立っていたのは──アシュフォード少尉だった。鋭い眼差し。冷え切った殺気。彼女の両手は軍刀をがっしりと握りしめ、刃先を上へと突き上げる。
「――何を、アシュフォード……少尉?」
声は出そうで出ない。血の熱さが口の中へ流れ込み、世界の輪郭がぼやけていく。叫ぼうと口をこじ開けた瞬間、冷たい掌がその口を押さえ、呻きは抑えられた。
「来い!」
彼女の声に応えるように、陰から男達が飛び出した。学者を名乗っていた者たちだ。軍刀を構え、左右から一斉に突きかかってくる。刃が肉を裂く音、重い衝撃、そして熱い液体が衣を濡らしていく。
その場で倒れ込み、全身が痛みに支配される。出血点は数え切れず、どこが一番痛いのかさえ判別できない。頭の中は断片的な考えだけが渦巻く。
アシュフォードは?
裏切りか? どうして? 意味が分からない。
「申し訳ありません、中尉。命令なのです」
アシュフォードの声は謝罪の形をとっていたが、その顔に哀しみや躊躇はなく、冷酷な確信だけがあった。
男達はそのまま入口へと向かい、車を発進させて去っていく。後ろから聞こえるタイヤの唸りが近づき、遠ざかり、やがて闇に消えた。
ヴィクターは倒れた体を持ち上げようとするが、だが力が入らない。多量の血があふれ出てくるだけで、四肢が鉛のように重くなり、視界は狭くなる。息は浅く、世界はゆっくりと色を失っていく。
「くそ……くそ……」
唇が震える。体が持ち上がらない。暗闇がゆっくりと、確かに近づいてくる。
何も見えない。
何も感じない。
何も――。
ヴィクター・アドラーは絶命した。




