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帝国残響  作者: 誠ノ士郎


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第二話 対立へ不穏へ

 帝国統合参謀本部・第一会議室。

 ヴィクターは眉間を押さえていた。疲労のせいではない。呆れと苛立ちのせいだ。

時刻はすでに一八時を過ぎている。

 周囲の将校たちは互いに顔を見合わせ、誰が口火を切るかを窺うばかり。結局、誰も意見を述べず、空気だけが重苦しく淀んでいた。


 事の発端は一時間前に遡る。

 参謀本部に到着したヴィクターは、参謀総長、参謀次官、その他の将校を集め、兵糧の備蓄状況と戦局の行方について意見具申を行った。だが――。


「今こそ動くべきです。戦争終結を急ぐのは我々参謀本部の義務です。前回の勝利で、わずかながら優位に立っている。お互い賠償を支払う形を取れば、いまなら講和に持ち込めます!」


 熱を込めた発言も、即座に一蹴された。

 葉巻をくゆらせていた参謀総長が、ゆったりと煙を吐きながら口を開く。


「……君は、さっきから何を言っているのかね?」


 灰色の瞳が細められる。


「どうも私には、()()()()()()()()()()()()()()としか聞こえんのだが」


 ウィンタール大将――帝国参謀総長。

 肩幅広く、岩のような体躯。もとは没落した下級貴族にすぎなかったが、謀略と執念で参謀長の椅子まで上り詰めた。だが所詮は貴族、軍人を道具としか見ていないことは、いまの発言からも明らかだった。


「ええ、当然です。戦争終結――これこそ急務です!」


 ヴィクターは長机の端で声を張り、両手で机を叩いて周囲に訴える。

 しかし他の将校たちはうつむき、賛同するものや、意見を出すものはいない。

 ウィンタールはただ葉巻をふかし、煙を吐き出すだけで答えようとはしなかった。

 結局、会議は停滞したまま打ち切られた。


 ――参謀本部の正面玄関。


「結局、まともに議論できませんでしたね」


 アシュフォード少尉が肩をすくめる。


「本当に……この国は自ら滅びへ歩んでいるようだ」


 ヴィクターは軍帽を被り直し、彼女に敬礼を返した。


「送りますか?」

「いや、いい。久々に歩いて帰るとする」


 そう言って大階段を降り、夜の街へと消えていった。

 時刻は二十時半。帝都の街灯が白く濡れた石畳を照らし出している。


「ヴィクター中尉は帰ったか、アシュフォード君」


 背後から低い声が響いた。

 振り返れば、ウィンタール大将が影のように立っていた。


「……ええ、中将」


 彼は下卑た笑みを浮かべ、彼女の肩に手を置いた。

 視線の先では、街路を歩き去るヴィクターの背中が小さくなっていく。


「私の城に、厄介者が戻ってきた。西へ左遷したというのに、軍を辞めず帰還とはな」

「――その厄介者を、どうなさいますか」


 アシュフォードの声は淡々としていたが、横顔にかすかな影が差す。


「やることは一つだろう」


 ウィンタールはそれ以上言葉を重ねなかった。だが彼女には意図が理解できたのだろう。口元に笑みが浮かぶ。

 やがて二人は黒塗りのセダンに乗り込み、闇に溶けるように参謀本部を後にする。

 一方、帝都の歩道を歩くヴィクターの視線は、煌びやかさだけを誇示する街並みに投げられていた。

 参謀本部のある中央区には、権力の象徴となる建物がひしめいている。

 帰路に立ち寄らねばならないのは、必然的に貴族や富裕層の邸宅が立ち並ぶ街道だ。

 もはや「豪邸」の一言では足りないほどの規模。下級貴族ですら、生まれた瞬間から死ぬまで金に困ることはない。そんな生活が当たり前に続く。

 夜更けにもかかわらず、街灯は昼のように眩しく、邸宅の窓明かりが消えることもない。その電気代の七割を、平民が納める税金で賄っていることを、果たしてどれほどの貴族が知っているのか。いや、知っていても気にもしないだろう。

 ヴィクターは、この腐った貴族制に吐き気を覚えていた。それでも軍を辞めずにいるのは、いつか変革の時が訪れると信じ、その瞬間を待ち続けているからだ。


「――一体、いつになれば気付くのか」


 深いため息を吐き、彼は街道を抜けた。

 

 帝国歴一八一七年 一〇月一二日 朝。

 帝国参謀本部、参謀総長執務室。

 ヴィクターは早朝からウィンタールに呼び出されていた。

 遅れて入室してきた参謀総長に敬礼し、呼び出しの理由を尋ねる。


「すまぬな。頼みたいことがあってな、わざわざ早朝に来てもらった」

「なんなりと」


 ウィンタールは葉巻の先を切りながら、机上の書類に目を落とした。彼が示した一枚を手に取ったヴィクターは、内容を確かめて眉をひそめる。


「……遺跡調査、ですか?」

「ああ。鉄鋼品の不足が深刻だ。古代の遺跡には、未採掘のメタルが眠っているはずだ。 君には現地へ赴き、直接調べてもらいたい」


 参謀本部が遺跡調査を? 耳を疑った。


「不服かね、ヴィクター中尉」

「いえ。ただ参謀本部がわざわざすることでしょうか? そのような任務は採掘隊に任せ、報告を受ければ足りるのでは」


 指摘は正しい。これまで参謀本部の将校が遺跡調査に出るなど前例はない。

 だがウィンタールは、葉巻の煙を吐きながら遮った。


「自らの目で確かめることが大事だと思わんのか? それとも、私の厚意を無駄にするつもりか!」


 怒気を帯びた声が執務室に響き、ヴィクターは思わず身を引いた。

反発したい気持ちはあった。だが彼はまだ末端の参謀将校。上官に逆らえば軍法会議にかけられかねない。

 選択肢は、従うことしかなかった。


「……承知しました。明朝、出発いたします」


 こうして、ヴィクターの帝都滞在はわずか二日で終わった。

 周囲の将校たちは、彼が不当な扱いを受けても嘲笑うばかりで、誰ひとり助けようともしない。彼に刃向かう気概すら示さない――まるで独裁国家そのものだ。

 トランクに必要品を詰め込み、ヴィクターは自宅のベッドへ大の字で倒れ込む。天井の裸電球が、何度も点滅し、こちらを照らしている。

 今年で二七歳になる。十八歳で将校試験に合格して以来、彼はずっとぞんざいに扱われてきた。

 理由は明白――平民の出だからだ。

 もちろん、平民出身でも出世している者はいる。だが彼らは、貴族に擦り寄るのが上手かったり、裏で金を動かして取り立ててもらったりなど。

 ヴィクターにはそのどちらもできなかった。

 馬鹿正直に、正義を貫こうとする――それが彼の唯一の強みであり、最大の欠点だった。

 だがここは帝国。正義を語る男など、誰も好んでは受け入れない。

 同期たちはすでに結婚し、裕福な家庭を築いているという。彼にはその気配すらない。急いではいないつもりだったが、二十七にもなれば、否応なく考えざるを得なかった。


「……何を馬鹿なことを」


 思考を振り払うように頬を両手で叩き、その夜は早めに床についた。

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