第二十四話 血だまりの皇族
皇宮憲兵師団長・リクは焦燥に駆られていた。
皇族が刺殺などあってはならないからだ。
歴代憲兵師団長から皇位選は死者が出る事は聞いていたが、これはあってはならない。
皇帝候補が殺されるなど。
「それで、ほんとうに逝去されたのか?」
リクは口元を右手で押さえながら、部下を伴って現場まで歩いていた。
「ええ、現場・・・を見ていただけたらわかります」
犯行は城下町、貴族街のど真ん中で行われた。温泉宿などが集中する場所である。
「犯行現場はここ、第三皇子、リューグストフ殿下が、貸切の温泉に入浴中に行われたという事です」
そうして、お湯が張っている浴場へ足を踏み入れるが、目の前には目を背けたくなるほどの惨状が。
お湯に半身を浸かるように倒れている。背後から斬られたリューグストフ。多少格闘したのか、身体中に切り傷。
お湯は真紅に染まっていたが、遺体は彼一人ではなかった。
「女ども入っていたのか」
首から先がない痛いが二つほど。胸の膨らみから考えるとおそらく女。
リクは頭を抱えた。
理由は単純だった。皇帝候補ともあろうものが不意を突かれて殺されたのも問題だったが。
女を侍らせていたところを殺されたなど発表など出来るわけない。
「番頭は?何も見ていないのか?」
「はい。その時間はリューグストフ殿下に賄賂を渡され、実質貸切状態にしていたようです」
となると、知っていたのは陣営内部の人間か、護衛か。
護衛……。
「護衛はいなかったのか?」
「その日は、伴っていなかったと」
護衛を連れてこない?そんなことがあり得るか。いや、ありえない。
「副師団長、もし、裏切りが――」
「何の話をしているのですか?」
二人の背後から突然、低い男の声で話しかけられる。
「ダグラス侍従武官殿っ! わざわざ、どうされたのですか?」
軍刀携えたダグラスが現場を視察に来ていた。
リクが驚いたのは仕方がないことだ。いくら皇族の殺害でも、侍従武官ともあろうものが、殺人現場に足を踏み入れるなどありえないからだってた。
「そりゃ来ますよ。リューグストフ殿下は第三皇子ですよ?皇族が殺されるなどあってはならない。それに――」
ダグラスは視線を後方に向けた。
リクらは視線の先に顔をずらすと、浴場の入り口からドタドタと走って来る音が。
「リューグストフゥーーー!!何故だ!何故先に逝ってしまったのだ!」
セドリー殿下だった。
半身を使っている全裸の遺体を持ち上げて、抱きついた。血液が彼の服に着くが、気にせず号泣している。
周りの兵たちも現場を荒らしているセドリーを止めようと、引き剥がすが。
「やめろー!俺の可愛い弟に触るな!俺を引き剥がそうとするな!」
周囲を威嚇し、近付けさせない。
「ダグラス殿!」
リクは現場保存に努めようと、ダグラスにセドリーを止めるように詰め寄った。
「察してくだされ。殿下はリューグストフ殿下を愛していた。だから、今は泣かせてやってくれ。犯人逮捕には我々も手伝う」
「いや、しかし!」
折れることなく、リクは一歩前に出たが。
ダグラスの鋭い眼光に睨まれて、引き下がった。
結局、その場はセドリー殿下が居座り、現場検証が出来なかった。遺体は回収し、後日、セドリー殿下主催で大規模な喪に服すという。
しかし、リクは納得出来なかった。リューグストフと別段、仲がいいわけではなかったが、いや数回程度しか話した事はなかった。
リクもバカではない。皇宮に支えている身ゆえ、そこらの情勢には富んでいる。
だがらこそ、わかるのだ。セドリー派の動きはあからさまだ。
証拠隠滅のために来ていたようにも見えた。
なら、殺す命令を出したのはセドリーか? いや、あの涙は本物のように見えた。
ならば、あれは演技――。
いいや、あり得ないだろう。それほど演技が上手かったら役者にでもなっているはずだ。
恐らく、動いたのはダグラスだろう。セドリーは、実際には殺すことを命じてはいないはずだ。
濁した言い方で、ダグラスに伝えて、邪魔な第三皇子を殺したのだ。
リクは憲兵本部のデスクで書類を眺めながら、推理する。
しかし――もし、犯人がダグラスだったとしても、それを咎める事は出来ない。
証拠も隠滅されてしまった。
このもどかしい現実が堪らなく嫌いだ。そして、納得してしまっている自分にも心底軽蔑してしまう。
この事件は貴族連中、並びに皇族らにすぐ広がるだろうが、どれほどの人間が彼の死を悼むのだろう。
リクはこの耐え難い現実をどうも嫌いなのだ。
掃き溜めにいるような感覚になってしまう。
デスクの中に隠してある拳銃を抜こうと、手を伸ばす。
持ち手の部分に指がかかったところで、副師団長が入室して来る。
「この傷の件なのですが――何してるんです?」
「いや、何でもない。書類を見せてくれ」
引き出しを戻して、書類を手に取った。




