第二十三話 這い寄る影
アレス邸での話し合いを終えて、ダグラス侍従武官とミハイルは黒いセダンの後部座席で次の作戦を模索していた。
「さすがはアレス中将と言ったところか。一筋縄ではいかないな。お前はどう思う?ミハイル」
隣に着座するミハイルに視線を向ける。
「アレスは帝国の英雄だしね。難敵だよ。でも――」
「でも?」
「もっと難敵がいた。あの後ろにいた二人組、やばいよ」
首をかしげ、再び質問した。
「やばい?確かに軍人の中でも雰囲気が違うとは思ったが。銀髪の女か?」
「いや、両方。でも、一番危険なのは男の方」
「ヴィクター・アドラーか。参謀本部から出向という形でアレスの部下に。ディーゼルの裏切りに、デンケンハルトの急死で、右腕的存在になった」
ダグラスの脳内にあるデータベースからヴィクターについての情報を取り出した。
確かに、とてつもない才能があるのは確かだが。目を付けるほど重要な人物でもないはず。
「あいつ、多分。話を聞きながら私たちを排除する方法を考えてた。恐ろしい奴」
ミハイルが他の将校と違うことを、ダグラスは誰よりもよく知っていた。彼女は訓練学校でつまはじきにされた存在だったのだ。
高い計算能力、突出した知性、卓越した身体能力――本来なら周囲に慕われるはずの才能を持っていたにもかかわらず、彼女は貴族と平民の混血であるがゆえに仲間外れにされた。教師たちも彼女を認めず、まるで存在しないかのように扱っていた。
ダグラスに同情心などない。
使えると判断したからこそ、彼女――ミハイル・オードロットを引き抜いたのだ。 しかし、かつての苛烈ないじめの影響か、彼女は自分が「女」であることを隠したがり、それ以来いつも高い襟で口元を覆っている。そんなミハイルが口にすることなら、信頼に足るものだ。
「だが、所詮は平民上がりの将校だ。それに、アレスも馬鹿ではない。誰に忠誠を誓えばいいか、分かっているはずだ」
「そう上手くいけばいいけどね」
「分かっている。とにかく、次の司令官の下へ行くぞ」
黒塗りの車は、帝都の東へと走り去っていった。
同刻――アレス邸。
「さて、二人ともどうだったかな」
アレスが口火を切ってヴィクターらに質問した。
「――誤解を恐れず申し上げるなら。セドリー殿下はこの国を滅ぼしたいようですね」
ヴィクターの怒気を込めて、返答した。
「まさしく同感だ。あの草案を見て、頭が痛くなった」
「しかし、他の将校らはどう出るか分かりませんよ」
「ああ。世論では次の皇帝はセドリーという認識が強い。その流れに乗ってセドリー派に付くものが出てくるはずだ」
将校らにとって世論のイメージより、軍部での立場の方が大事だ。
だからこそ、公約に思うところがあろうが、自我を押し殺して忠誠を誓うしかない。
皇族に逆らってはこの国では生きていけないのだ。
「けど、閣下は俺に任せるんですよね。どの陣営に付くか」
半笑いでアレスを見る。
「ああ。勿論。とりあえずお前がダグラスの案に賛成じゃ無くて良かったよ」
「どうも。――他の候補者の使者も?」
「ああ。鳩を国中に飛ばしてるらしいからな、いずれここにも来るだろう」
皇位選はまだ始まっていない。だが、早めに陣営を固めておかないと何が起きるか分からないのが、この皇位選の怖いところである。
様々な陰謀が渦巻いているため、謀殺も行われるという。本格的な内戦とはいかないが、小規模な戦闘が行われるのが慣例でもあった。
そして四月一六日。
皇位選の告知を終え、各陣営が動き出していたとき城下町である事件が発生する。
第三皇子のリューグストフ・セイドリアンが惨殺されたのだ。




