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帝国残響  作者: 誠ノ士郎


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第二十二話 色々動き出して

 冬が去り、春の気配が帝都を包みはじめた頃。

 皇位選の告知がついに帝国内へと行われた。貴族たちは活気づき、繁華街では予想が過熱している。

 一方で平民たちは街頭で怒声を上げた。

 皇帝が代わろうと、徴税は変わらない――むしろ、さらに重くなるだろうと誰もが分かっているからだ。

 新聞各紙はどれも同じ論調だった。

 『次期皇帝は第一皇子セドリー・オライオン』で決まり。まるで他の候補など存在しないかのように。

 ドンッ――。

 木の机が震えた。

 そして、新聞が丸められ、側に控えていた側近へ投げつけられる。


「これは一体どういうことかしら! なぜ、私たちの話が一行も載っていないの!皇族はセドリーだけじゃないのよ!」


 赤髪をなびかせて、第二皇女アイゼル・ワグナーは声を荒らげた。

 記事のどこにも、自分の名はおろか他の皇子・皇女の名すら見当たらなかったのだ。


「落ち着きなさい、アイゼル皇女」


 静かな声とともに、老執事が紅茶のカップを差し出す。


「口の利き方には気をつけなさい、ライゼンバッハ! 私はあなたの主よ!」


 老執事ライゼンバッハは、皇帝ライゼンベルフの実兄であった。

 かつて第一皇子でありながら、皇位選への立候補を辞退した男。

 もし彼がその時に名乗りを上げていれば、今の皇帝は存在しなかっただろう――そう、誰もが囁くほどの人物である。

 今では第二皇女アイゼルの後見人にして、お目付け役。

 その穏やかな瞳の奥には、老獪な計算が潜んでいた。


「急いではなりませぬぞ、アイゼル様。皇位選はまだ始まっておりません。告知をしたに過ぎません。時間が経てば、自ずと民衆も誰が皇帝に相応しいかを理解するでしょう」


「当然よ! あなたに言われなくても、わかっているわ!」


 アイゼルは紅茶をフーフーと吹きながら、ゆっくり口をつけた。


「ですが、ライゼンバッハ殿。重要なのは、将校たちの動向でしょう」


 先ほど新聞を投げつけられたその人物――身長はほどよく高く、百八十センチはあるだろう。

 テンライ・ブリテン軍務騎士であり、軍務騎士とは、軍人でありながら皇族に任ぜられた騎士だけが就ける役職で、警護や身の回りの世話なども行う。


「そうですな。殿下の公約が良くても、将校たちが付かなければ意味はありません」


 ライゼンバッハは冷静に応じる。


「せめて、司令官クラスを味方に引き込みたいわね」


 紅茶を一口飲み、落ち着きを取り戻したアイゼルが口を開く。


「各方面に鳩を飛ばしましょうか?」


「そうね。お願いするわ。そういえば――確か、東郡司令部の英雄が休暇で帝都に戻っていると聞いたわ。何だっけ……」


 アイゼルが思い出そうとするより早く、ライゼンバッハが答えた。


「アレス中将ですね」


「あー、それ! てか、先に言わないでよ! いつもお節介が過ぎるんだから!」


 老人は再び叱責される。


「呼び寄せますか?」


「もちろんよ! 兄上たちが動く前に、こちらから先手を打たなくちゃ!」

 

 同刻――。


「わざわざ、私邸までお越しいただき、恐縮です」


「いえいえ、こちらこそ。お時間をいただきありがとうございます」


 ダグラス侍従武官は、口元まで上がった襟の人物を伴い、アレス邸を訪れていた。


「今日はお一人だと伺っていましたが?」


 アレスの後方に視線を向けると、ヴィクターとアナスタシアが軍服姿で立っている。


「まぁ、一応私の部下です。話し合いに参加してもらおうと」


「なるほど。では、閣下はすでに何の話か、ある程度察しておられるのですね?」


「ある程度は」


 ダグラスは口元をわずかに緩めたが、ヴィクターたちの目があるため、すぐに元の表情に戻した。


「ミハイル」


 ダグラスは後方に控えていた襟の高い人物を呼びつける。

 そのものは前髪が長く、しかし、ショートヘアだった。男?いや女のような雰囲気を放っている人物だった。


「はっ」


 ミハイルは茶封筒から書類を取り出し、アレスに差し出した。


「これは、我が主セドリー殿下が考えられた公約草案です。如何でしょうか?」


 ダグラスは自信に満ちた笑みを浮かべ、書類を差し出す。


 アレスが書類に目を通す横で、ヴィクターは後方から内容を確認していた。


「……これは――」


 目の前の文書は、予想以上に酷い内容だった。


 記載されていたのは以下の通りだ。


 さらなる徴税を実施する。

 皇宮の改築費用を平民から徴収する。

 貴族街のインフラ整備。

 参謀本部の再編。

 皇族を参謀本部総長に据え、結束を強化する。


 ――すべてが、平民に重く、かつ貴族に偏った公約であった。

 ヴィクターはその場で反論したかったが、アレスの手前するわけにも行かなかった。


 「これこそ、セドリー殿下が目指されている帝国そのものです。どうだろう、貴官が我らの陣営に加わってくれれば、参謀次官のポストを与えようと、セドリー殿下はお考えです」


 全く国のためにならない公約である。

 しかも参謀本部の要職まで餌として提示してきた。

 普通の軍人なら釣られるだろう。しかし、アレスは違った。


「少し、考えさせて頂けませんか?」


「即決出来ぬのと?」


「ええ。バラモンド要塞の件もございますので」


 ダグラスは眉をひそめ、納得していない様子だった。


「アレス中将、言いにくいことを言うようだが、優先順位を考えた方が良い。要塞司令官など、小さなことに囚われるでない。もし今、即決すれば、セドリー殿下もさぞ喜ばれることだろうな」


 足を組み、微笑むダグラス。

 敬語をやめ、やや上から目線で接するその態度には、アレスが下であることを示す意味も含まれている。

 当然、他の将校らにも同じ提示をしているはず。彼らも餌を吊るして、食いつくのを待っている状況なのだろう。

 しかし、周りの将校らも未だ動く気配がないため、積極的には動けないと言ったとこだ。


「申し訳ありませんが、また後日、返答させて頂きます」


 大きく息を吐くダグラス。笑顔を浮かべ、静かに頷いた。


「分かりました。また後日、来させて頂きます」


 そう言うと、ダグラスとミハイルはアレス邸を後にした。 

 帰り際にミハイルがヴィクターを見やったのは気のせいだろうか。

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