第十九話 後始末を終えて
アレスたち、バラモンド要塞にいた者たちはすでに帝都へ帰還していた。
各々、自宅に戻ったり、酒を飲んだり――過ごし方はさまざまだった。
ヴィクターも久々に自宅のベッドに身を沈め、大いにくつろいだ。
しかし、休暇とはいえ、ただくつろいでいるだけではない。
帝都に戻ったら、やるべきことはしっかり済ませておくことにする。
中央留置場、第三監獄。
面会室前。
名が知れた犯罪者を収容する帝国内でも指折りの監獄である。第一監獄から順番にあるらしいが、実際どれほどまで続いているかは分からない。
薄暗い廊下を歩いてきたヴィクターは、面会室前で案内役の看守から注意を受けた。
「現在、心理状態は非常に不安定で、暴れる可能性もあります。防弾仕様にはなっていますが、十分気をつけてください。――本当は、まだ会わせるべきではないのですが。アレス閣下の側近となれば……いえ、失礼しました」
本来なら面会謝絶というところだろう。しかし英雄の頼みを無碍にはできなかったのか。それに、ディーゼル自身もヴィクターの名を聞けば、面会に来ることは分かっていた。
鉄製の扉を開け、コンクリートとガラス窓に囲まれた一室に通される。
椅子に座ってしばらく待つと、対面から看守に連れられディーゼルが現れた。
元少将とは思えないほど老け込み、髭や髪も縮れるように伸びている。独房生活の影響だろう。
今のところ、落ち着いているように見えた。
「お久しぶりです、ディーゼル少将。あ、元少将でしたね」
「――そんな皮肉は、もう俺には通じねぇよ、ヴィクター」
虚ろな目を力なく持ち上げるようにして、ディーゼルは応えた。
「如何ですか? 独房での生活は?」
「うるせぇ。さっさと俺をここから出せ」
「それは出来ません。あなたは帝国を裏切った。これは重罪で、死刑もあり得ます」
「元はと言えばてめぇが俺をはめたんだろ! どうやって参謀本部を騙したのか知らねぇが、アレス閣下は必ず俺のことを分かってくれる。ここから出たら覚えとけよ」
ディーゼルの言葉は現実味を欠いていると、ヴィクターはわかっていた。妄執の域を出ない。
「あなたがここを出ることは、万に一つもありませんよ」
だがディーゼルは止まらない。
「アレス閣下なら俺の言うことを信じてくれるはずだ。そうなったらお前の悪事を帝国中にばらしてやる。ああ、そうだ。デンケンハルトもいる。あいつが黙ってるわけがねぇ!」
独り言のようにブツブツ呟き、既にこちらの言葉は耳に入っていない。瞳孔は開き、精神は明らかに不安定だ。
ヴィクターは良心の呵責など微塵も感じてはいない。むしろ頭の中では、アレスに近い者たちへの危険をどう取り除くかが計算していた。
「ですから、アレス閣下はあなたのことなど忘れていますよ。それにデンケンハルトは、あなたが連行された日に死にました」
「は? 何を言って――」
「いやー、俺も驚きましたよ。急死だそうで、要塞の外で亡くなっているのを発見されたそうです」
表向きには脳内出血での急死という扱いだ。アナスタシアが殺した――などと大っぴらに言えるはずもない。
「ふ、ふざけるな! 誰が信じるものか!」
それまでポーカーフェイスだった男の面が剥がれ落ちる。立ち上がり、ヴィクターを見下ろすようにして怒りを露わにした。看守たちが必死に座らせようと諭す。
「本当ですよ。遺体をお見せしたかったのですが、すでに灰になってしまって」
「貴様ぁ――――! 殺してやる、この野郎!」
ディーゼルはガラスに頭を打ち付け、ヴィクターに怒声を浴びせる。看守たちが強引に引き離し、面会室の外へ連れ出した。
「殺してやる! 絶対に! 殺してやる――!」
そのままディーゼルは去っていった。彼は春ごろの軍法会議で国家反逆罪が適用され、その一週間後に絞首刑となることになる。
しかし、それはまだ先の話である。
「遅かったな」
ソファでくつろぐアナスタシアが、深夜に帰宅したヴィクターを出迎えた。
「色々、買い物をしていた」
時刻はすでに二時を回ろうとしている。
ヴィクターは紅茶を注ぎ、窓を開けて夜風を感じながら街の景色を眺める。
何度も見た景色で、半年経っても変わることはないはずなのに、どこか懐かしさを覚えてしまう。
「今日はやけに考え込んでいるな」
アナスタシアが後ろから肩を包み込むようにして、顔を近づける。
「色々と。ここ最近、ありすぎたからな。落ち着く時間もなかった。それに、久々に夜更かしでもしたくて」
「おー、なら私も椅子を持ってこよう」
「いや、お前は寝ろよ」
人の話など聞かず、彼女は椅子を窓際に置き、同じく街の景色を見下ろした。
「この町は明るいな、いつも」
「平民から巻き上げた税でつけている明かりだ。年がら年中、灯っている」
「お前は平民生まれだから、それほどまでに貴族を恨んでいるのか?」
足を組み、ちらりとヴィクターを見やるアナスタシアに、彼は答える。
「それは――俺にも分からない」




