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帝国残響  作者: 誠ノ士郎


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第十七話 真実

「何だって!? デンケンハルトを殺したのか!?」


 思わず大声を上げたヴィクターは、慌てて声のトーンを下げた。


「ああ。私を殺そうとしたからだ。やむを得なかった。はむはむ――」


 自室で人の肩を噛みながら、アナスタシアは淡々と言った。


「そんなに驚くことか?」


「デンケンハルトは帝国内でも名の知れた猛将だ。使い方次第では戦力になったはずだが……。いや、もういい。別の策を考えるしかない」


 作戦はそう簡単に予定どおりには進まないのだと、ヴィクターはしみじみ思った。

 だが、さすがはアナスタシア。魔女というだけのことはある——あのデンケンハルトを討ち取るとは。帝国内でもかなりの手練れだったはずだ。


「――ぷはー。やはり貴様の血肉は美味い! 生き返るわ!」


「何だ、そのオヤジくさい言い方は」


「食堂で軍人どもが言っていたんだ。真似してみた」


「今すぐやめろ。可愛くないぞ」


 手拭いで肩の血を拭き取って、シャツを着直す。


「それより、作戦は上手くいったな」


「ああ、ほぼ俺の読み通りに動いたと言っていいだろう」


 二人がバラモンド要塞に赴任して約一か月。だらだら過ごしていたわけではない。

 まず、ヴィクターが取り掛かったのはディーゼル少将排除のための仕掛けだ。

 アナスタシアに頼み、魔法でディーゼル・レグナーの声に変えてもらい、東光連合に近い組織と数回通信を行う。

 関係ができたところで、本丸の東光連合の参謀につなげてもらった。

 要塞内の通信室に情報が残るよう仕組んでおくことで、密告の際に証拠として使える。


 次に、将校たちへの工作だ。

 ディーゼルを嫌う将校たちの愚痴を聞き、こちらに取り込む。

 もちろん、それだけではすぐに信用されないため、ディーゼルの裏切りの兆しを匂わせておく。

 さらに、難民への射殺をあえて口論の形で行い、こちらの正当性を他の将校たちに示した。

 これにより、揺れていた将校たちの気持ちはヴィクター側に傾いた。


 最後に参謀本部への伝達だ。

 今回はちょうど良いタイミングでジョゼフ中佐から連絡が入り、作戦は完璧に運んだ。本当は新聞各社に情報を流し、大々的に取り上げてもらうつもりだったが、本部にも嗅覚の鋭い人物がいるらしい。


 こうして、ディーゼルを追放し、ヴィクターが後釜に収まる計画は成功した。

 しかし、よく考えるとデンケンハルトは最初からヴィクターを警戒していた。あそこでは先任参謀も来ていたため、押さえていたのだろうが。 

 ヴィクターが対面で問いただしていたとしたら、大暴れしていたかもしれない。

 アナスタシアの選択は正しかったのだろう。

 ヴィクターは心の中で「ありがとう」と感謝した。


「中尉と参謀殿、アレス閣下がお呼びです。至急、司令室へ――!」


 突然、下士官が自室前で叫んだ。

 ヴィクターは軍服を羽織り、二人は急ぎ足で司令室へ向かった。


 司令室に入ると、アレスは最初に会った頃とは別人のように見えた。

 酷くやつれ、うなだれている。書類には目を通しているが、どこか虚ろだ。眼帯を外し、何度も眉間を揉んでいる。

 裏切りを信じたくないのだろう。しかし、あれほどの証拠が揃えば、信じるしかない。


「――ああ、すまない。来ていたのか。かけてくれ」


「いえ、自分たちはここで」


 敢えて、突き放すように言う。


「そうか。なら、これを」


 書類を差し出され、受け取ると――


「参謀本部からだ。おめでとう、中尉――いや、大尉か。昇進だそうだ。恐らく、今回の裏切りを見破ったからだろう。――よくやった」


 言葉の節々で息を整えている。未だ、皆に愛される司令官を演じている。その度量には、さすがのヴィクターも感服するしかなかった。


「さて、話は終わったが……そういえばデンケンハルトを見かけないな。これからの要塞運営について話さなければいけないのだが」


 アレスの心根は、唯一の友を失い、嘆き苦しんでいる。

 しかし、現実はその遥か斜め上をいくものだ。


「デンケンハルトは死にましたよ」


「は?」


 ヴィクターから告げられた事実に、時が止まったような感覚が襲う。

 あり得ない、あるはずがない。信じられない、一体なぜ――。


「ヴィクター大尉、昇進が嬉しいからと、そんな冗談を――」


「悪いが、冗談ではない。私が殺したのだ」


 後方から、アナスタシアの援護射撃のような一言。

 アレスは未だ信じられないらしい。顔を両手で押さえ、左右に何度も揺れる。


「嘘だ!嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ,嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ」


 脳内がぐるぐると回り、耐えられない。

 一日で、信頼していた部下を失ったら、誰だってこうなるだろう。


 俺も彼女がいなくなれば――いや、何を言っているんだ。


 アレスの発狂は何度も続き、ついには壊れてしまった。

 魂が抜けたと言ってもいい。すでに放心状態だ。


「アナスタシア」


「りょーかい」


 放心状態のアレスの頭を掴み、アナスタシアは魔法を唱えた。


「マインド・インコネクト」


 チカチカと紫色の光が司令室に広がる。目を一瞬伏せると――。


「終わりか?」


 ヴィクターはゆっくりと瞼を開ける。アレスはその場に座り込み、何も言わず目を閉じたままだった。


「ああ、これでこの男からディーゼルとデンケンハルトの意識はなくなった。そしてアレスの側近の意識は私と貴様のものにすり替わっているはずだ」


 アナスタシアはソファに腰掛けながら続ける。


「あとは周囲の将校たちをどう欺くかだな。いきなり側近に昇格するのだから」


「そこは心配いらない。反発はあるだろうが、ここでの根回しのおかげでディーゼル派だった連中はさっさと別の基地へ移動になる」


「だが、ヴィクター。何度でも言うが、これはアレス本人の意識を書き換えるものだ。他の将校たちはだませない。いつかボロが出る」


 そうだ、これは賭けに近い。ボロが出る前に帝国を立て直し、参謀本部を掌握しなければ、この先は死だ。


「その時はこの国を壊してしまうか?」


 ヴィクターは掠れ笑いを漏らした。

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