表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国残響  作者: 誠ノ士郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/18

第十六話 猛将死す

 幼いころから、デンケンハルトとディーゼルはいつも一緒だった。

 共に遊び、同じ学校へ通い、気づけば互いの背中を追いかけるようになっていた。

 十八のとき、ディーゼルが軍人になると言ったとき、デンケンハルトも迷わず志願した、軍人とはどういうものか分からず。

 初陣の日のことは、今でも断片的にしか覚えていない。

 轟く砲声、土を抉る弾丸、耳を裂く悲鳴。

 仲間が次々と倒れていくのを、ただ震えながら見ているだけで、突撃命令が下っても、塹壕から一歩も動けなかった。

 そのときだ。

 遠くの煙の向こうから、走ってくる影が――。

 ディーゼル・レグナーだった。

 恐怖をものともせず、怯える兵を励まし、倒れた指揮官の代わりに部隊をまとめ、指揮まで執っていた。

 俺はただの臆病者だったのに。

 それからというもの、ディーゼルは瞬く間に昇進し、小佐の階級章を胸に輝かせた。

 デンケンハルトは、いつもその背中を見つめおり、一歩先を行く男になっていた。

 二四歳になったころ、二人は西方の東光連合と戦闘の終結のため、前線へ派遣。

 デンケンハルトは小佐に、ディーゼルは中佐に昇進していた。

 各中隊を率いて前線の基地に到着すると、そこには二年前のオールベリンド戦で武勲を上げたアレス准将がいた。

 英雄と呼ばれているが、驕りはなく、むしろ親しみやすい人柄で、誰からも好かれている。

 俺もそうだった。

 威圧せず、見下さず、的確に統率する彼の姿は、誰しもが英雄と呼べるほどだ。

 戦局が激しさを増す中、アレスはある作戦を提案した。


「両側方から攻撃をかけ、敵を中央に呼び寄せる。そして、空いた中央を別働隊が前方から叩き、一網打尽にする」


 司令官も頷く。アレスの名声と実績ゆえに、異論は沸かない、沸くはずもない。

 だが、そのとき――会議の空気を切るように、ディーゼルが口を開いた。


「意見具申します」


 会議は一瞬止まった。司令官とアレスの鋭い視線が、若き中佐に注がれる。


「貴官は?」


「第一中隊、中隊長 ディーゼル・レグナー中佐です」


 司令官が叱責しようとしたところで、アレスは手を上げ制した。


「聞かせてくれ、貴官の案を」


 ディーゼルは地図を指さしながら冷静に説明した。


「ここは森が入り組んでいます。広場で決戦を挑むより、森へ誘い込んで各個撃破する方が、味方の損耗を抑えられます」


「こちらの支配領域の深くまで侵入させる、と?」


「はい。そうすれば敵が分断され、連合も統制を欠いて攻勢を続けられなくなるはずです」


 アレスは一瞬、顔をほころばせた。もっと簡単な策があったのかと軽く笑う。そして、ゆっくりと言った。


「いやーすまない。分かった。よし、貴官の策を採用する。実行に移そう」


 地図を触り、部隊の移動を指示する。

 中隊の移動時間になり、デンケンハルトも仲間を連れて、移動を始めた。

 地図の上をなぞりながら、部隊の配置と進軍経路を確認する。

 出発の号令がかかり、中隊ごとに部隊が動き始めた。デンケンハルトも仲間を率いて持ち場へ向かおうとした、そのとき――。


「デンケンハルト!」


 背後からディーゼルの声が飛んだ。

 振り返ると、いつもの落ち着いた顔でこちらを見ている。


「どうした? わざわざ」


「今回の作戦――敵大将の首はお前が取れ。俺の立てた策通りなら、敵将はお前の持ち場に現れるはずだ」


 一瞬、意味が掴めなかった。

 まるで功を譲るようなその言葉に、デンケンハルトは眉をひそめる。


「おい、俺はおこぼれを貰う気は――」


「いいから、黙って聞け」


 ディーゼルの声には揺るぎがなかった。

 腕を組んで、空を見上げている。


「俺はな……お前と一緒に上に行きたいんだ。お前と肩を並べて戦いたい」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 武人としては屈辱的な申し出かもしれない。だが――それ以上に、友としての想いが伝わった。

 だから、俺は――。


「敵将は、デンケンハルト少佐が討ち取ったぞーー!!」


 戦の終焉を告げる声が、戦場に響き渡った。

 東光連合との戦いの後、二人はアレス准将の執務室に呼ばれた。

 机の上には作戦図が広げられ、アレスは二人を前に穏やかに微笑む。


「今回の働き、見事だった。二人の才覚、そして信頼の強さには惚れ惚れする。それでな――私の部隊に来てほしい」


 二人は一瞬、顔を見合わせた。驚きと喜びが入り混じった表情。

 まさにこれこそ、“肩を並べて戦う”ということなのだろう。


「今すぐ返事をしなくとも――」


「「喜んで!」」


 まるで打ち合わせたかのように、二人は同時に答え、同時に敬礼した。

 こうして、ディーゼルとデンケンハルトはアレス麾下に入り、数々の戦場を駆け抜け、帝国の英雄の配下として名を上げていくことになる。


 ああ、俺は何を思い出していたのだろうか。

 これは走馬灯か――俺は――。


 大木にもたれかかるように、デンケンハルト・ヴテロスは息を引き取った。


「あっ、しまった。つい、本気で顔を蹴ってしまった!」


 アナスタシアは軽やかに歩み寄り、死骸を左右にくるりと揺らしてみせる。起き上がる気配はない。

 指先に付いた血をぺろりと舐め、その味を確かめるように目を細めた。


「やはり、まずい。筋肉質だから美味い肉だと思ったんだけど……まあ、いいや。こいつは熊の餌にでもしてやろう」


 アナスタシアはそう言い捨てると、足取りも軽くその場を離れた。

 周囲では親熊と仔熊が、倒れた者をむさぼるように貪っている。


「さあて、ヴィクターの肉を食べさせてもーらお」


 そうつぶやきながら、彼女はスキップするように森を抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ