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帝国残響  作者: 誠ノ士郎


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第十話 要塞内にて

 バラモンド要塞到着の三時間ほど前――列車の車内。

 アナスタシアが、いつものように退屈をやわらげるようにヴィクターに問いかけた。


「すんなり、東郡司令部への転属を受け入れたな」


 ヴィクターはコーヒーをすすりながら資料に目を通し、ページの角を押さえてから顔を上げた。資料をテーブルに置く。


「まあな。俺にも狙いがあってな」


「ほう? 狙いって何だ?」


 列車の個室、備え付けの机に散らばった菓子をつまみつつ、アナスタシアは興味深げに前のめりになる。


「この国を変えるには、何が必要だと思う?」


「んー……貴様が前々から言ってる、貴族制の廃止?」


「それもある。だが、廃止したら何が起きると思う?」


「当然、貴族の反発だろう。貴族出の将校たちとの衝突も避けられない」


 アナスタシアの答えに、ヴィクターは薄く笑った。


「そうだ。問題は戦力だ。貴族──いや、軍部と真正面から渡り合うだけの力が足りない。お前の力と俺の頭脳があっても、それだけでは不十分だろう」


 アナスタシアは紅茶を一口含み、静かに頷く。


「これから向かう東郡司令部、バラモンド要塞には帝国の英雄――アレス中将がいる。こいつをこちらに引き込むんだ」


「それは簡単にはいかないんじゃないか? 相手は英雄だろ?」


 当然の懸念だ。相手は戦場で名を上げた将だ。階級も下の若造の命令で動くとは考えにくい。


「アレス中将は確かに英雄だ。だがな、面白いことに彼は貴族出身でありながら、平民を軽んじないことで知られている。そして興味深いことに、彼には決断力と統率力はあるが、作戦立案を得意としていない。作戦が無ければ勝てないだろう?」


 ヴィクターが独自に集めた情報を説明するように言葉をつないだ。


「つまり、アレスから作戦を組み立てている側近を引き剥がすと?」


「ああ。言い換えれば、俺がその役割を奪えばいい。アレスの側近に取り入り、彼を自由に動かせるようにする。そうすれば、こっちの戦力は一気に上がる」


 ヴィクターの表情を見つめながら、アナスタシアの口元にぽつりと滴が垂れる。よだれだった。


「ん? どうした、気分でも悪いか?」


「今すぐ食べさせろ! 我慢できん!」


 アナスタシアはヴィクターの首元に飛び込んだ。


 そして――今。

 ヴィクターらは作戦司令室に到着していた。


「では、報告を頼む」


 アレスは腕を組み、隣の将校に視線を向ける。


「はっ。ディーゼル・レグナー少将が報告します。現時点でオリアウス王国からの動きはありません。レーダー反応も沈黙しています。参謀本部の情報では、王国内は王位選の真っ最中とのことです。これらを踏まえると、半年――いや一年ほどは攻めてこないと考えられます」


 ディーゼル少将。アレスの右腕的存在で、共に戦場を駆け抜けてきた男だ。勤勉でそつなく仕事をこなす。


「どう思う、デンケンハルト」


 アレスは側方にいる武人風の男に意見を求めた。


「ああ、レグナーの予測通りだろう。王国内が落ち着くまでは、無理に攻めてくることはない」


 筋骨隆々の見た目に反して冷静な分析力を持つデンケンハルト少将。まさにアレスの矛だ。戦績は数え切れず、武力のみで生き残ってきた。顔には多くの切り傷、軍服は着ずノースリーブ姿が特徴だ。

 二人がアレスを支える側近。恐らく作戦立案はディーゼルが担当している。ヴィクターが狙うのは彼ということになる。

 他の将校たちは控えめで存在感に欠けていた。アレスの反応から見ても、信頼しているのだろう。ならば、焦点はこの二人に絞ればよい。ヴィクターはアレスの牙城をどう崩すか、思案を巡らせる。


「何か不服か? 末席のヴィクター中尉?」


 アレスの皮肉が飛んでくる。


「ええ、まあ」


 ヴィクターはあえて曖昧に返す。興味を引かせるためだ。

 勿論、顔を歪ませ、アレスが再び問い詰める。


「なんだ、言ってみろ」


「はっ。では。――ディーゼル少将の予測は少々、甘いと考えます」

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