からかい
「まず、着ている服がかわいいよね〜。
運動着なんだけど、しっかりオシャレしてアガるようにしてるっていうか。
わたしも、こういうの買ってみようかな。
ああでも、お小遣いヤバいし!」
呆気に取られ、何を言うことも反応することも出来ない俺の様子に気づくことなく、綾瀬がそんな風にまくし立てる。
そう、まくし立てるという言葉がふさわしい口調。
一語一語が、まさしく機関銃のように放たれるのだ。
話の内容というより、勢いとテンションで押し切ろうとするかのようだった。
「ね? 佐藤君はどう思う?
てか、こういうタイプが好きなの?」
挙げ句の果て、そうやって俺を会話に引きずり込もうとしてくる。
そして、人間というのは場の流れに引っ張られる性質を持つ生き物だ。
俺もそのご多分に漏れず、綾瀬という鉄砲水みたいな女子のノリに引きずられ、普段はあまり滑らかでない口が自然と上下に開いていた。
「確かに、あんまり気にしたことないけど、ちょっとオシャレかも。
こういうのって、サポーターみたいに筋肉を締めつけるんだっけ?」
言いながら、画面内のアイドル――花山妃沙が身に着けている運動着に注目する。
そういえば、これまで全然気にしていなかったが、ゲーム内でこのアイドルが着用している運動着は確かにオシャレでかつ、見るからに機能的な代物であった。
胸元にスタイリッシュなロゴが走るこの運動着は、ショートパンツの下に存在するアンダーなどが、しっかりと筋肉を引き締め、補正しているようなのだ。
この花山妃沙というアイドルはアスリート一家の生まれという設定なので、それに即したチョイスであると言えるだろう。
「あー、確かに、言われてみればオシャレかも?」
「てか、これってドイツのメーカーじゃない? 微妙にデザイン変えてるけど」
「ググレレンズで……あ、出た出た。
だね〜、あそこのメーカー」
「こういうのって、適当なデザインだと思ってたけど、案外ちゃんとしてるんだ」
そうこうしていると、上坂たち他の女子も口々にそんなことを言い出し始めた。
ほんの一分前まで、彼女らの中にあったのは無関心と一種の侮蔑だったはずだ。
いや、侮蔑というのは言い過ぎか?
でも、忌避感は確かにあったと思う。
こういうゲームとは……ひいては、それを遊ぶ人種とは明確に境界線引いて距離を置き、別の世界で過ごしたいという意思が感じられたのである。
その空気が、変わっていた。
他ならぬ、綾瀬の一言で、だ。
彼女がこのアイドルをカワイイと言い、着ている運動着も褒めた結果、赤坂たち他の女子も追従したのである。
「てか、この女の子、彩花っちに似てない?」
赤坂が、金色に染め上げた髪を撫でながら、綾瀬に問いかけた。
どうでもいいが、いつの間にか彼女の中で、綾瀬の呼び方は「彩花っち」と決まったらしい。
「言われてみればそうかもー」
「てか、髪がピンク色なの共通してるだけ説(笑)」
「え、このキャラが好きなら、佐藤って彩花みたいな子が好みのタイプってことじゃね」
一難去ってまた一難とは、まさにこのこと! あり得ない! ぶっちゃけ!
「え、いや、ちょ……」
制服着てても全然タフじゃない上に一人きりの俺としては、言葉に窮する他ない。
いきなり、何を言い出してるんだこの子たちは!?
ハッ!? あれか? いわゆるひとつの冗談というやつ!
だったら、こう、あれだ。
イイ感じに小粋な返しをしなければ!
そう思って、綾瀬を見てみれば、だ。
「……そうなの?」
なんか、素。
いや、真面目と表現するべきか?
ともかく、さっきまでのはつらつとした笑みが消え去った顔で見つめられてしまった。
「いや、その……」
小説なんかでよくある表現に、「吸い込まれそうな瞳」というものがある。
かつて想像力の欠如していた俺は、これを読んで「どういう状況だよ」と言ってしまったものだが、今なら分かった。
カラーコンタクトで色付けしたのだろう青い瞳。
そこには、確かな引力がある。
それは、俺という人間の魂と思考を惹きつけて、奥底へと落とそうとするのだ。
結ばれた視線から電流のような衝撃が走って、言葉にならない情報が、濁流となって互いへ流れ込む感覚。
が、そんなものはほんの一瞬のことで、しかも、どうやら俺の考え違いらしかった。
「……もー、佐藤君どしたの? 黙っちゃって。
もしかして、マジになっちゃった?」
その証拠に、綾瀬は元の二カリとした笑いを取り戻して、キラキラとネイルが輝く指で口元を抑えながらからかってきたのだ。
「な、い、いや、マジになったりとかは……!」
すげえ。
血液って、全力でのぼってくるとそれを実感できるんだ。
動脈のみならず、毛細血管の一つ一つに至るまで総動員して顔面へ血を上げているのが、肌感覚で理解できた。
なぜ、この場面で我が親愛なる脳味噌殿がそんなオーダーを発したのか、学者でも医者でもない俺には知る術がない。
ただ一つ間違いないのは、大きなお世話であるということ。
なぜならば……。
「ちょーっ!
佐藤、めっちゃ顔赤くなってるんだけど!」
「アハハ、かわいいー!」
「本当に彩花みたいな子がタイプなんじゃない?」
「彩花ちゃん、惚れられちゃったねー」
俺の顔を見た赤坂たちが、一斉に俺をからかい始めたからである。
一方、どうやら俺に惚れられたらしい当の綾瀬は、無言。
圧倒的無言でもって、にまにまと俺のことを見続けていた。
そして、今や俺に注目を向けているのは、赤坂と綾瀬を中心とした女子グループのみではない。
「え、佐藤ってそうなのか?」
「あいつ確か、中学は埼玉だって言ってたっけ?」
「それで、高校入学初日に一目惚れか?」
「青春してるねー」
教室内に散らばって各々会話していた他のクラスメイトたちも、今や俺に遠巻きな視線を送ってそんな言葉を交わしていた。
うおおおおおっ! 超絶恥ずかしいっ!
「ま〜あ〜、彩花っちめっちゃ顔がいいもんね。
正直、佐藤が惚れる気持ち分かるわ」
もはや、俺からコメントを引き出すのは不可能と判断したのだろう。
赤坂が周囲に向けて言うと、それは次々と同意される。
「分かる〜。
正直、髪がピンクとか攻めすぎだと思ったけど、顔がいいとしっかり似合うんだって」
「ね〜。
パーピー人形みたい」
「でもって、オッパイ大きい。
正直、揉みたい」
じょ、女子高生……すなわちJKというのは、男子の目前でこんな会話を交わすものなのか?
あるいは、入学初日でテンション上がりすぎて少しおかしくなっているのか?
「ええ……ちょっと恥ずかしいな」
ともかく、同じグループの女子にそう言われ、綾瀬が顔を赤らめながら胸を隠す。
なんか、あれだ。
無限にエロいな。
「ちょいちょいちょい、佐藤、見すぎ」
「い、いや、そんな」
し、しまったあ!
自然な視線誘導のごとき会話内容に導かれた目線が、赤坂に勘付かれてしまった。
ニヤニヤとした目を向ける女子たち。
くっ……殺せ!
――キンコンカンコーン!
「はい、それじゃ、次の時限始めますよ」
お馴染みのチャイム音と、まだお馴染みと言うほどにはパーソナリティを理解していない先生の入室で、皆が席に戻る。
休憩時間は、たったの10分だった。
しかしながら、その10分のなんと濃密なことか。
秒針が10周するわずかな時間で、俺はクラスのほぼ全員からこのような認知をされたに違いないのである。
すなわち――オタク男子。
そこへいくと、綾瀬に皆が抱いた認知はこうか?
……オタクに優しいギャル。
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