オタバレ
――会話。
俺たちホモサピエンスにとって、最も原始的かつ基本的なコミュニケーション方法である。
他の動物が行うコミュニケーションとの最も大きな違いは、なんといっても言葉を用いるということ。
例えば、カラスが鳴き声によって様々な情報伝達を行うことは有名な話であるし、その他の動物にも、同様の行為を行う種は数多い。
が、それらの多くは単純に危機を知らせたり、あるいはエサの場所を知らせるだけの極めて単純なもの。
対して、言葉を介したコミュニケーションは、同じ発声時間の中で込められる情報量というものが桁違いだ。
カラスがどれだけ必死にカアカア鳴いたとしても、そこに込められる情報は「天敵が迫っている」というのが精一杯だろう。
だが、人間の場合は同じ時間を使って「鷹が一羽、より上空からこちらを見定めている」という具合に、具体的な状況を伝えることができるのであった。
まさに、人間を人間たらしめているチート能力が、会話というコミュニケーション手段なのである。
が、当然ながら、人間として生まれれば誰もが会話を得意とするわけではない。
例えば、同種の狩猟動物であっても、狩りの上手さには明白な個体差があるように……。
人間という生き物は、会話の巧拙に明確な差が存在するのだ。
そして、人類を会話の上手い者と会話の下手な者に分けた場合、間違いなく後者へ分類されるのがこの俺こと佐藤藤悠斗。
そんな俺へ、同じクラスになったこと以外、特に接点のないやたらキラキラしたギャルがいきなり話しかけてきた。
これはもう、まだ四月だというのに、今年最大のピンチとみて間違いはない。
愛読する『ジョナサンの奇妙な冒険』シリーズだったならば、「ゴゴゴゴゴ」とか「ドドドドド」といった文字がダイナミックにページを埋め尽くし、俺は汗びっしょりで硬直する場面である。
「どしたの? 佐藤君?」
俺の感じてるプレッシャーに気づくことなく、小首をかしげて見せる綾瀬だ。
そう、まずいのは、インパクト抜群な見た目と自己紹介もあって、クラス中から注目を浴びている綾瀬にこうして声をかけられたということ。
人間の脳というのは、大なり小なり並行処理能力を備えているものであり、赤坂中心に形成されつつあったグループのメンバーは元より、他で会話しているやつらも多少の関心をこちらに向けているのが感じられた。
下手をすればこの状況、さっき無難に終わらせた俺の自己紹介タイムより注目されているかもしれない。
どうする? どうする? どうする?
この局面――ともすれば、これからの高校生活三年間を左右する。
言ってしまえば、ゴルフの第一打のようなもの。
ただし、かの競技との大きな違いとして、ペナルティと引き換えに打ち直すことは不可能。
ド派手にOBをかました場合、俺というボールはコース外へ置き去りとなって復帰不能となるのだ。
それはつまり、コミュニケーションの輪から締め出されるということ。
もちろん、先述の通りどちらかといえば会話が下手くそなこの俺であり、積極的に誰かと交流を深めていきたいというわけではない。
むしろ、自分一人でのんびりやっていきたいというタイプだ。
が、それは何も、爪弾きにされることを是としているわけではない。
『ジョナサンの奇妙な冒険』第四部に登場するラスボスの言葉を借りるなら、平凡。
悪目立ちすることはなく、かといって、侮られたり村八分にされたりすることはなく、平々凡々と集団の中に混ざりたいのであった。
「えっと、俺が何してるか、だっけ?」
ともかく、いつまでも沈黙しているわけにはいかず、どうにかそのような言葉を吐き出す。
ついでに、口元へは笑ってるんだかそうでもないんだか、自分でも分からない微妙な笑みを浮かべる。
えーと……そうだ!
家族から、チェインのメッセージがきていたと言えばいい。
タイミング的にも、入学式や一限目が終わっているこの時間帯なら妥当。
クラスの人間が交流していた今の状況下で、スマホいじりを優先していた理由としても納得できるものだ。
ようし! やれい! 我が唇よ!
――家族から、チェインがきてたからちょっと見てたんだ。
この言葉を、なんともなさげに紡ぎ出すのだ!
俺がその決断を下すまでに要した時間は、おそらく一秒に達するか否かといったところだろう。
我ながら、感心するほどのスピードシンキング。
だが、一秒という時間は短いようでいて、その実、様々な動作を達成することが可能な“間”でもあった。
例えば、上半身倒しながら俺の手元を覗き込むような動作は、十分に実行可能なのである。
「あ」
と言っても、もう遅い。
しかも、鼻先を撫でたピンク色の髪は、そういうシャンプーを使っているのか、なんとも甘酸っぱい香りがして、俺の体を麻痺させた。
結果、指先でスマホをいじり、何か適当な画面に切り替えることもできず……。
アイドルの育成選択肢が映し出された場面は、バッチリ綾瀬に目撃されたのである。
「へぇー、カワイイ女の子じゃん!」
キラッキラに輝くネイルで彩られた指で口元を抑えながら、綾瀬がそんな言葉を漏らす。
一方、俺はといえば……。
――終わった。
このひと言が、脳裏を埋め尽くしていた。
顔こそさっきまでの微妙な笑みをキープしているが、これはただ単に反応が追いついていないだけである。
ざんねん! わたしのこうこうせいかつは、これでおわってしまった!
死神がこちらを覗き込んでいるのが、感じられた。
これより始まるのは、キモオタとして路傍の石がごとく扱われる日々。
俺は人権なきITとなり、クラス内で二人組を作ったなら余りとなって先生にご迷惑をかけるような立ち位置となったのだ。
その先に待つのは、そう、引きこもりライフ。
学校という集団生活の場に居場所を見つけ出せなかった俺は、唯一安らげる空間――自室へ菌類のごとく根を張り、一切外へと出なくなる。
そして、ネットやゲームによる軽度の刺激を浴び続けた脳は、もはやそれなしでは生きていけぬ依存症となり、深い思考も不可能に。
最終的に、勉強して高卒認定を得るでもなく、他に資格や取り柄があるわけでもなく、ただ運動不足の体と思考力の低い脳を備えたモンスターが爆誕するのだ。
だが、俺の親とて無限の生命と財力を備えているわけではない。
いつか必ず、そのツケを払わねばならない時がくるだろう。
結果、俺は住む場所を失い、満足に歩くこともかなわぬ体で、呂律が回らなくなっている口から「あーうー」と無様なうめき声を発しながらさまようこととなる。
最終的に、そんなクズにも起こり得る人生一発逆転の望みへすがりながら、コンクリートジャングルで野垂れ死ぬことだろう。
そう……異世界転生へ希望を託して。
「え、かわいい女の子って何?」
「佐藤君の彼女?」
「中学は埼玉だったんだよね?
その時から付き合ってる子?」
できれば、俺は内政系のチート能力が欲しいです。
そんなことを考えている間に、赤坂ら他の女子たちもスマホを覗き込んできた。
で、一言。
「なんだ、ゲームじゃん」
はい、そーでーす! 二次元の美少女がたくさん出てきて、ちょっとエッチな水着とかに着せ替えさせて歌って踊らせられるゲームでーす!
あばばばばばばばばばば!
「へぇー、佐藤君ってこういうゲームやるんだ」
「なんか、色々と表示されてるね。レッスン? 営業?」
「え〜、営業ってなんかやらしそ〜」
俺が混乱している間に、赤坂たちがそんな会話を交わす。
ちなみに、この営業というのはアイドル業としての営業活動であり別にやましい意味はないが、それはそれとして、先述の通りちょっとやらしい要素はあるゲームです。
俺がどうすることもできず、ただ冷や汗を瀑布のように垂れ流していると、だ。
「この子、マジでかわいくない?
え? 超面白そうなんだけど〜」
この状況を作った綾瀬が、そんなことを言い出したのである。
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