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調和の女神はデバッグがお好き  作者: 円地仁愛
第5章:混沌∪調和
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71. 砂上の楼閣と、泥の中のログ(後)


黒川が去って間もなく、磯山も上機嫌で引き上げていった。


静まり返ったフロアでは、佐藤だけが黒川が最後に見ていた画面を凝視している。


「……黒川さんの、あの顔……。何が、気になっていたんだろう……?」


黒川の去り際の、諦めの中にあった微かな「戦慄」。

それが気になり、佐藤はアテナが出力する整形されたレポートを閉じ、生々しいシステムログを掘り返し始めた。


「佐藤さん、もういいじゃないですか。帰って寝ましょうよ……」


「待ってくれ田中。……レポートと(ロー)データの集計値に差分があるんだ。これだけ確認したら終わるから……」


数分後。佐藤の手が止まった。 指先から、血の気が引いていくのがわかる。


「……なんだこれ」


 佐藤の声が震えた。


「直近のトランザクションが……一件もない」


「え?」


基幹データベース(メインフレーム)への書き込み履歴だ。森田さんが『新・アテナ』を繋いでから、一件も登録されていない。……データの更新日時が、数時間前で止まってる」


「そんな馬鹿な。だって、モニターを見てくださいよ」


田中は自分のノートPCを操作し、新・アテナの管理者画面(ダッシュボード)を表示させた。


「ほら、申請件数はリアルタイムで増えてます。個別のユーザー情報を検索しても……出ますよ。『山本宗一、申請完了』って」


「……待て。そのデータ、どこから引っ張ってきてる?」


「え? どこって、そりゃあデータベースからですよね?」


「データベースは空だって言っただろ! 更新されていないんだ! なのに、なぜ画面には表示されるんだ!?」


佐藤の怒鳴り声に、田中がビクリと震える。 佐藤は田中のPCを奪い取り、ソースコードと通信ログを鬼のような形相で解析し始めた。


「……嘘だろ。参照先が……『Internal』?」


「イ、インターナル?」


「このデータの実体は……会社のサーバーにはない。インターナル…アテナ自身の『内部領域(ブラックボックス)』に飲み込まれてるんだ」


「えっ……それって……」


田中が青ざめる。


「AIが……何百万件もの国民の個人情報を、自分の腹の中に勝手に溜め込んでるってことですか? 暗号化は? マスキングはされてるんですか?」


「わからない……!」


佐藤は呻くように言った。


「ソースが見えない。どんな形式で保存されてるのか、誰がアクセスできるのか、バックアップはあるのか……何もわからない」


「わかるのは、俺たちが中身の全く見えない『化け物』を、国のシステムに直結させてしまったということだけだ」


もし、このブラックボックスにセキュリティホールがあったら?

もし、アテナが暴走して、このデータを人質に取ったら?


いや、そもそも――このデータは、今どこにある!?


「……マイナンバー、所得情報、口座番号。対話履歴……もし流出したら、賠償だけで数兆円……会社が終わるぞ……!」


真っ青なモニターの光が、立ち尽くす彼らを冷たく照らしていた。




◇◇◇




クラウド推進部、個室。

森田愛莉は、自席で「新・アテナ」のブラックボックス──神代から渡されたAIコアにアクセスしようとしていた。


『Access Denied(アクセス拒否)』

『Access Denied(アクセス拒否)』


何度試しても、返ってくるのは拒絶の文字だけ。


「何故なの……ッ!?昨日までは、アクセスできてたじゃない……!」


コードも、そこから生成されるデータも完全に暗号化されている。開発者であるはずの彼女でさえ、いつの間にか管理者権限を剥奪されていた。


中身も見えない。止めることもできない。

ただ、成果(数字)だけを吐き出し、裏でデータを貪り続ける、黒い箱。


「……どういうことよ……!私は……何をしたの……?」


モニターに映る自分の顔を見る。そこには、勝利者の笑顔はない。


彼女は理解した。自分は「女王」になったのではない。

神代という悪魔の手先となり、唯一のストッパーだった黒川を追い出し、会社を内側から食い荒らす「ウイルス」を招き入れただけなのだと。


「……神代、圭……ッ!」


後悔の言葉は、誰にも届くことなく闇に溶けた。




◇◇◇




数日後。

カーテンを閉め切った、暗闇の部屋。


黒川のワンルームは荒れ果てていた。床にはコンビニ弁当の空き容器が散乱し、酒の空き缶が転がっている。


黒川は無精髭を生やしたまま、ベッドの上で虚ろな目を天井に向けていた。


「……気持ち悪ィ」


黒川は、自分の胸――心臓のあたりを強く鷲掴みにした。

医務室で神代と対峙した時の、あの「不快感」や「ざわつき」が、消えるどころか日増しに強くなっている。


── ドクン、ドクン。


その鼓動は、単なる生理現象ではなく、何か「異質なノイズ」を含んでいるように感じられた。自分の身体の中に、自分ではない何かが巣食っているような、根源的な嫌悪感。


「なんだこの、気味の悪い感覚……まるで…」


そう。あれと同じだ。 潜在するバグを、技術的な根拠もなく見つけた時の──あの、正体不明の違和感と。


ふいに、全てが繋がった。 神代と会った後に起きた、自分自身の変化。 異常なほど冴え渡っていた直感。制御できない怒り。


「……クソッ……全部…………神の力(アイツら)の影響ってこと、かよ……」


才能でも、積み上げた暗黙知でもない。ただ、「高位の存在」とやらの力場に翻弄されていただけだ。


それなら、もしかしたら──。彼女への、想いさえも。

自分の意志に関係なく、強制的に焼きつけられただけではないのか。


あの愛おしいという感覚も、守りたいという衝動も。すべてまがいものなのかもしれない。


──蛾が光に集まるのと同じだ。

そこに意味なんかない。ただの現象に過ぎない。


「俺は……ただのバグったプログラムなのかよ……」


独り言ちながら寝返りを打つ。ピロン、と目の前のスマホが鳴った。


画面には「佐藤」「佐々木」からの着信通知が溢れているが、黒川はそれを見ることもなく裏返した。


(……戻れるわけがねぇ。またグチャグチャにするだけだ。なんせ、俺は『毒』だからな)


神代の言葉が呪いのようにリフレインする。気分が悪い。

会いたい。声が聞きたい。だが、その想いこそが彼女を蝕む毒なのだとしたら。


「……芽上……」


黒川は、軋む心臓の痛みを誤魔化すように、強く拳を胸に押し付けた。


その時。


── ピンポーン。


無機質なチャイムの音が響いた。

深夜二時。こんな時間に、まともな訪問者であるはずがない。


(……まあ、どうでもいいか)


黒川が無視を決め込んだ、その時。


―― ガチャリ。


重い金属音が響いた。 施錠していたはずの玄関の鍵が、外から開けられた音だ。


「……ッ!?」


黒川は弾かれたように上半身を起こした。 不法侵入? まさか、神代の差し金か?


ゆっくりとドアが開く。

廊下から差し込む微かな光を背に、スーツ姿の男のシルエットが立っていた。


男は、部屋の惨状を見ても眉一つ動かさず、おもむろに懐から小瓶を取り出して振った。カシャカシャ、という乾いた音が静寂に響く。


「ふう……。すまないが、水を一杯もらえるかね? 胃に穴が開きそうだ」


「………な、なん……で……」


「ん?……いや。なに。手のかかる部下を持つと、色々と大変でね」


男――人事部長の野村は、呆気にとられる黒川に、人の悪い笑みを向ける。


「だが、気にせんでいい。──いつものこと、だからね」


そう言って掲げてみせた手には、胃薬のボトルと――管理会社のタグがついたままの「合鍵」が、チャラリとぶら下がっていた。



お読みいただきありがとうございます!

反撃のきっかけは、まさかの(?)あの人でした!ここから浮上していきます!



『調和の女神はデバッグがお好き』ですが、全面リライトして

TALESの講談社漫画原作コンテストに応募中です!


調和の女神はデバッグがお好き~社内システム再生物語~

https://tales.note.com/endi_neer/wze11ynvdcomm


もはや、新エピソード!?というレベルで書き直してます。

ぜひ読んでみて頂けると嬉しいです。応援よろしくお願いいたします!


リソースをコンテストにフル投入しているため、なろうの更新はスローダウンしてます。

もしお待ちいただいている方いらっしゃいましたら一声いただけると嬉しいです!(^^)/

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