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64. 幕間:女王のいない玉座

深夜のクラウド推進部。


横浜港の夜景を一面に映し出すガラス張りのモダンなオフィスは、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。流行りのフリーアドレスのデスクには開かれたまま放置されたノートPCが点在し、無機質なスリープランプを明滅させている。


その中心で、森田愛莉は一人、自席のモニターに表示された『アテナ・ウィズダム』の停滞した学習曲線を、表情のない顔で見つめていた。



日中に行われた磯山事業部長との緊急ミーティングで、クラウド推進部は、事実上の「敗北」を突きつけられた。プロジェクトの主導権は、今や完全に開発二課…黒川と結衣の二人に移っている。

神代圭を迎える重要な会議に、この部署の責任者である古井部長が呼ばれなかったという事実が、その全てを物語っていた。


───バタン!


静寂を切り裂くように、乱暴にドアが開かれた。血走った目をした古井部長が、荒い息をつきながら入ってくる。ミーティングで磯山に徹底的に絞られたのだろう、その顔は抑えきれない怒りと屈辱に歪んでいた。


「森田くん!一体どういうことだ!君のせいで、我々の評価は地に落ちた!君が、あの開発二課の連中を甘く見て、連携を怠った結果じゃないか!」


古井は、自らの保身のために、全ての責任を愛莉に押し付けようとする。

しかし、今の愛莉に、かつての「天使」の仮面はない。彼女はゆっくりと椅子を回転させると、冷え切った瞳で古井を見返した。


「お言葉ですが部長。あの『黒川モジュール』の検証を意味がないと一蹴し、開発二課に一任するという判断を下されたのは、部長ご自身ではありませんか。私は、何度もそのリスクを指摘したはずです」


「なっ…!口答えだけは一人前だな…!いいか、君はもうこのプロジェクトから──」


何かを言いかけた古井だったが、愛莉のあまりにも冷たい視線に気圧され、それ以上言葉を続けることができなかった。彼は「とにかく、何とかしろ!」とだけ捨て台詞を吐くと、逃げるように部屋を出ていった。



一人残された部屋で、愛莉は、ふっと息を吐き出した。

張り詰めていた緊張の糸が切れ、全身から力が抜けていく。彼女は、ゆっくりと椅子に深く沈み込んだ。


(…私の、判断ミスだわ。黒川の技術を……あの男の、古臭い暗黙知がもたらす可能性を、私が見誤った…)


それは、初めて味わう、完全な敗北だった。


黒川の、あの常識外れの「暗黙知」。

そして、結衣の、あの底知れない「論理」。


自分が積み上げてきた全てが、あの凸凹な二人の前では、何の意味もなさなかったのだと思い知らされる。


(私が、あの二人のための…『踏み台』にされたっていうの…?)


激しい屈辱が、胸を焼く。プライドも、自信も、全てが粉々に砕け散った。

モニターの暗い画面に、自分の顔が映っている。そこにあるのは、自信に満ちた「女王」の顔ではない。ただの、疲れ果て、自信を失い、道を見失った、一人の女の顔だった。完璧だったはずのメイクが、微かに崩れている。



愛莉は、震える手を伸ばして、そっとキーボードに触れた。

ゆっくりとキーを叩いて、一つのプログラムを起動する。


『AI Athena Wisdom - Tuning Interface』


画面に、複雑なパラメータと、停滞した学習曲線が映し出される。


これこそが、彼女が全てを注ぎ込んで創り上げた、勝利の女神であり、今の彼女に残された、唯一にして最後の砦だった。



(…まだよ。まだ、終わっていない)


愛莉の瞳から、迷いの色が消える。

代わりに宿ったのは、狂気にも似た、凄まじい集中力の光だ。



(あなただけは、私を裏切らない。そうでしょう、アテナ…?)


彼女は、神に祈りを捧げる巫女のように、AIとの対話を始めた。


パラメータを一つ調整し、シミュレーションを実行する。結果は変わらない。

また一つ、別のアルゴリズムに修正を加え、再度、実行する。やはり、曲線は動かない。


それでも、彼女は諦めない。

夜が更け、オフィスから完全に人の気配が消えても、彼女はただひたすらに、自らが創り出した神のチューニングに没頭し続けた。



その姿は、不屈の闘志の表れのようでもあり、現実からの逃避のようでもあった。


答えは、誰にもわからない。

ただ、ガラス張りのオフィスの中で、青白いモニターの光に照らされた彼女の横顔だけが、静かに、そしてどこか痛々しく浮かび上がっていた。




お読みいただきありがとうございます!今回は久々のクラウド事業部回でした。

次回、最終章に突入です。愛莉の反撃にもご期待ください!

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