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62. 幕間:霞が関の歩き方


霞が関合同庁舎、第7会議室。


デジタル庁の課長補佐である桐山の心は、どんよりとした曇天の空のように重かった。


(またこの季節が来たか…)


目の前に配られた、薄いインスタントのお茶を一口すすり、彼は内心で深くため息をつく。国家プロジェクトという名の、巨大な祭りが始まる。

それは、理想論を振りかざす政治家と、聞こえの良い言葉で実態のないシステムを売りつけるベンダー。そして、その間で疲弊する我々現場の、長い長い戦いの始まりでもあった。



今期の目玉施策の一つである「次世代行基プロジェクト」。その実証実験の、第一回合同検討会。

テーブルの向こう側には、今回の主役である二社のチームが座っている。その対比は、あまりにも鮮やかだった。


向かって右側は、カオス・ダイナミクス社。

全員が品の良いダークスーツに身を包み、自信に満ちた笑みを浮かべている。その手元には最新型のノートPCが並び、いかにも「最先端」という空気を醸し出していた。こちらが本命だろう。話が早そうで良い、と桐山は思った。


対する左側は、デジタル・ハーモニー社。

こちらは、なんとも言えない凸凹なチームだった。リーダーらしき男は緊張で顔がこわばり、その隣のいかにも職人といった風情の男は、ふてぶてしい顔付きでこちらを睨んでいる。更にその隣の、若い女性は華やかで愛らしいが、どこかチームから浮いて見える。そして、端に座るもう一人の女性は、人形のような無表情で、ただ静かにこちらを見つめていた。


(…大丈夫か、このチームは)


この時点で、もう結果は見えたようなものだ。彼らは、この霞が関のルールを全くわかっていない。



そして会議が、いつもの脚本通りに幕を開ける。

最初にプレゼンのマイクを握ったのは、カオス社だ。その説明は、流麗そのものだった。


「我々のAI『ケイオス・ブレイン』は、既存の行政データをディープラーニングすることで、自律的に最適なソリューションを導き出します。これはまさに、行政サービスのパラダイムシフトであり…」


(出たな、パラダイムシフト)


桐山は、配られた資料にその文言を見つけると、手にしたボールペンでスッと下線を引いた。この行動に、特に意味はない。彼ら自身、大した意味もなく使っていることだろう。


正直、何を言っているのか半分も分からなかったが、チラリと視線を向ければ、居並ぶ上層部のお歴々は、何やら重々しく頷いている。

シナジー、ブレイクスルー、エコシステム…。フワッとしていてよくわからない曖昧な言葉の数々は、我々官僚にとっても都合のいいツールであるともいえた。



カオス社のプレゼンが終わり、質疑応答に移る。

何か質問を、という上役からの無言の圧を受け、桐山は先日の会議で紛糾していた課題を思い出しながら何とか質問を捻りだす。


「ご説明ありがとうございます。一つ、質問させてください。災害支援金の申請データを新旧システムで同時に参照・更新した際、ごく稀に、申請レコードそのものが、ログからもDBからも綺麗に消失してしまうことがあるのです。発生頻度は低いのですが、発生した場合の影響が致命的でして。貴社のAIは、これらの問題に対処することは可能ですか?」


カオス社の担当者は、一瞬、笑顔を固まらせたが、すぐに完璧な笑みに戻った。


「ご懸念、ごもっともです。ですが、ご安心ください。弊社のAIが24時間データインテグリティを監視し、万が一異常を検知した場合は、バックアップから瞬時に自動リストアを行いますので問題ございません」


(……答えになっていないが……。まあ、誰か下の者が対応するだろう)


それならそれで、構わない。我々にとって重要なのは、言質を取ることだ。桐山は、資料に大きく『解決可能』と記載した。



────数か月後の光景が目に浮かぶ。


彼等は、魔法の言葉で全てを解決できると嘯き、莫大な予算を溶かしていくだろう。その挙句、最後には「想定外の事態」の一言で責任を回避する。

我々の対抗手段は、「言質」と「仕様」だけだ。


例年のように繰り返される不毛なやり取りを思い、桐山は、手元の資料をひどく虚しい思いで見つめた。




対するDH社のプレゼンは、対照的だった。

プレゼンターとして前に立ったのは、あの愛らしい女性、森田愛莉。彼女は、カオス社のような夢物語は一切語らなかった。


「こちらのデータからもわかる通り、レガシーシステムとの接続には、複数の深刻な品質課題が存在します。これを解決せずにAIを導入することは、新たなリスクを生みだします。我々の提案は、まずこの課題に正面から向き合い、AIアテナの品質を極限まで高めることです。弊社の独自モジュールを用いてデータをクレンジングし、その上でAIの学習を進めるという、極めて現実的なアプローチをとっております」


彼女の言葉は、冷徹なまでにロジカルで、データに裏打ちされていた。それは、夢はないが、嘘もない、確かな手応えを感じさせるものだった。



桐山は、初めてDH社に、ほんの少しだけ興味を抱き、先ほどと同じ質問を彼等に投げかけた。


「――では、データ消失の問題は、どう解決するのですか?貴社も、AIで?」


その質問に応えたのは、職人風の男──黒川だった。


「DBのロックタイミングに起因する、典型的なレースコンディションの問題ではないですか? そこに、AIを持ち出す意味がわからない」


その、率直な物言いに、会議室がわずかにどよめく。カオス社のメンバーが、ピクリと不快気に表情を歪めた。

しかし、黒川は構わず続けた。


「恐らくは――新システム側の更新完了と、旧システム側のエラー発生時のロールバック処理がコンマ数秒で競合して、本来消えるべきでなかったレコードまで巻き添えで消えてるんでしょう。それは、タイミングの問題に過ぎない。解決が可能かと言われれば、間違いなく可能です」


「新システム側は、一旦データを『中間テーブル』に書き込むだけにする。旧システム側の処理が完全に確定したのをトリガーにして、非同期で反映させる。ただし、わずかな遅延が発生します。今の情報だけでは判断できませんが、少なくともデータが消えるリスクをゼロにできることは間違いない。単純な設計課題に対して、AIも最新技術も不要でしょう」



シン…と、会議室が、静まり返る。質問をした桐山も、言葉を失っていた。

彼の言葉にあるのは、夢でも希望でもなく、目の前の現実と、エンジニアとしての誠実さだ。


その解決策の技術的妥当性は、桐山にはわからない。

それでも、真剣に課題に向き合うのがどちらの男なのかは、誰の目にも明らかだった。





会議が終わり、桐山は一人、自席で、今日の出来事を反芻していた。

報告書にどう書くべきか、ぼんやりと考える。


カオス社が語ったのは「AIが全てを解決する」という魔法の言葉。

対して、デジタル・ハーモニー社が語ったのは、泥臭く、しかし確かな手応えのある、現実の話だった。


どちらに、我が国の未来を任せたいか。

その答えは、一択しかない。


(必要なのは、確実に――あの凸凹なチームの方だ)


しかし、と桐山は思考を巡らせる。

このまま報告書に自分の所見を───「DH社が優位」と書いたところで、通るだろうか。


否、だ。


カオス社のプレゼンに重々しく頷いていた、あの上層部のお歴々の顔が目に浮かぶ。彼らが見たいのは、面倒な現実ではなく、虚飾で塗り固められた華々しい未来だ。それで現場が地獄をみようとも、彼らの知ったことではない。


(このままでは、カオス社に内定が決まる流れは変わらない…。何か、一手が必要だ…)


そこまで思考が至った瞬間、桐山の脳裏に、不意に一人の男の顔が浮かんだ。


―――神代圭。


政府の技術顧問でありながら、その卓越した知見と、あらゆる人間を魅了するカリスマ性で、今や誰もが彼に一目置いている。


(彼しかいない)


桐山は、確信と共に再びペンを手に取った。報告書の末尾に、彼は自らの進言を書き加えた。



「…カオス社は広報戦略に、DH社は技術的実現性に、それぞれ一日の長がある。現状では甲乙つけがたい。両社の長所を融合させ、プロジェクトのリスクを最小化するためにも、両社を統括し、公正な評価を下せる第三者機関の設置が不可欠である。その責任者として、神代圭氏の派遣を進言する」



そして報告書を書き上げると、所定のフォルダーに収めて、桐山は自嘲気味に息を吐いた。


───結局、自分も同じだ。

自分もまた、神代圭という「魔法」に頼るしかない。


だが、それで良い。


この国にとって最善の結果がもたらされるように、やるべきことをやった。

後は、DH社の運と健闘を祈るだけだ。


それが、霞が関という名の魔窟で生きる自分が示せる、唯一の誠実さだ。



桐山は静かにフォルダーを閉じると、既に山積みになっている次の案件へと、意識を切り替えた。





お読みいただき、ありがとうございます!


今回は視点を変えて、政府側サイドからのお話でした。

最終章にむけてファンタジー展開増量中。

神代圭ことケイオスも、しっかり本筋に絡んでいく予定です!


ぜひ評価やブックマークなどで、応援いただけますと嬉しいです!

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