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60. 幕間:守護者の威厳と魔法使いの純情


────最近の黒川さんは、すごい。


開発二課の若手社員である田中一郎は、畏敬の念を込めて、数席離れた先輩……課の絶対エースである、主任エンジニアの背中を見つめていた。


以前の、常に眉間に皺を寄せ、フロアの隅で燻っていた姿はもうどこにもない。


今の彼は、プロジェクトの中心で、次々と発生する難題を、まるで未来が見えているかのように先回りして解決していく。その直観は、日を追うごとに冴えわたっていくようだった。



そして何より、我が女神の隣に、当たり前のように彼の居場所がある。それは、彼女に心酔する田中にとって、憧れにも等しい事実だった。


二人がホワイトボードを前にして交わす議論は、凡人には到底立ち入れない高次元のものだ。

黒川は、女神の繰り出す難解な「宇宙語」を、唯一理解して、現実的な実装へと翻訳するだけでなく、最近は、彼女と対等に、いや、むしろ彼女をリードするかのように議論を交わしている。


その姿は、もはや開発二課のエースという領域を超え、プロジェクト全体を導く絶対的な守護者の風格を漂わせていた。



(……カッコいい……かも。僕も、ああなれたら…)


田中は、羨望の眼差しでその背中を見つめた。自称・守護者(笑)などと、内心で少しだけ馬鹿にしていた時期もあったが、今は違う。

彼は、まさしく女神の神託を解読し、凡人たる我々に伝えてくれる唯一の神官であり、名実ともに女神の守護者だった。



( 芽上さんは、『暗黙知』って言っていたっけ……)


経験により作られた、言語化困難な知識体系。

それなら、自分も経験を積めば、いずれはああなれるのだろうか?


……全く、想像がつかない。


田中は、小さくため息をついた。


黒川は、前から野生動物みたいにカンの鋭い人ではあった。だが、今の彼は、もはや神がかっているというか、田中の目には、ほとんど魔法にしか見えない。


( 前はあそこまでじゃなかったと思うけど…。やっぱり、芽上さんの影響なのかな? )


そう考えて、田中は一つの事実に思い至った。


黒川の能力が、これほどまでに目に見えて上がったのは、数週間前の、あの「プロジェクトK」以降かもしれない。


プロジェクトKは、佐々木課長が言い出した、チーム総出で彼の告白を支援するという、前代未聞のプロジェクトだ。あの日以降、二人は、一層、親密になったような気がしている。


「……あの。佐藤さん」

考えがまとまらず、田中は近くの席の先輩、佐藤健太に声をかけた。


「ちょっと、いいですか?……黒川さんと芽上さんのことなんですけど」


田中は、声を潜め、二人の方を視線で示す。


「結局、二人はつきあってるんですかね…?あの時の告白、OKだったっていうことでしょうか?」


その、あまりにもストレートな問いに、佐藤は「うーん…」と、どこか遠い目をして苦笑した。


「どうだろうなぁ…。はっきりとは、俺も聞いてないんだ」


その曖昧な返事に、田中がさらに首を捻った、その時だった。

議論が一段落したのだろう、結衣の、心の底から嬉しそうな声がフロアに響いた。


「さすがです、黒川さん!あなたのその視点は、私にはないものです。あなたの知見は、本当に素晴らしいですね!」


そう言って、花が綻ぶような笑顔で黒川を見上げる。

その、一点の曇りもない称賛と信頼に、黒川の顔が一瞬でカッと赤く染まった。


「べ、別に大したことじゃねぇだろ…!?」


彼は、慌てて結衣から数歩距離を取ると、意味もなく自分の後頭部をガシガシと掻きむしった。

そのソワソワと落ち着かない様子は、先ほどまで彼女と対等に渡り合っていた守護者の姿とは、似ても似つかない。

会話を続けるには不自然に空いてしまった距離に、結衣は、少し困ったように首を傾げた。



その光景を目にした瞬間、田中の中で、黒川に対して抱いていた「畏敬の念」が、別の感情へと綺麗に置き換わった。


(カッコ悪い……!芽上さんが困ってるじゃないですか……!)


恋という魔法が、ここまで人をカッコ悪くさせるのか。それは、なんというか……少しだけ羨ましいような、でもああなりたくはないような、何とも言えない生温かさが胸に広がった。


「………やっぱり、付き合っていないような気がします…」


その田中の呟きに、佐藤が苦笑しながら、静かに頷く。

田中は、もはや哀れみすら滲む目で、まだ挙動不審な先輩を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「黒川さんて、確か…30代…なんですよね?」

「え? そうだと思うけど? 入社10年目くらいだから…。32か、33くらいじゃないかな」


佐藤があっさりと答える。

その言葉に、田中の中で、全てのピースがカチリとハマった。


「………ええと。もしかして、黒川さんて……」


田中は、世紀の発見をしたかのような真剣な眼差しで、佐藤に向き直る。


「魔法使いじゃないでしょうか?」

「は?魔法使い?」


佐藤が怪訝な顔をする。田中は、確信を込めて続けた。


「ほら、良く言うじゃないですか。30歳過ぎて…その、経験がないと、なれるって。女性と縁がなさ過ぎたせいで、それと引き換えに、あの超人的な直観力を手に入れたのだとしたら…納得いきませんか?」


その、あまりにも失礼で、しかし妙な説得力のある仮説に、佐藤の顔からサッと血の気が引いた。


「シーーーーーッ!!!!バッ、バカ!!お前、聞かれたら殺されるぞ!!」


佐藤が顔面蒼白で田中の口を塞ごうとした、その時だった。



「……おい」


氷のように冷たい声が、二人の真後ろから降ってきた。


彼らが、ぎこちなく、錆びついたブリキ人形のように振り返ると、そこにはコーヒーを二つ手に持った黒川が、絶対零度の笑みを浮かべて立っていた。


「……その『魔法』とやらについて、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」


二人にとって、地獄のように長い午後の始まりだった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

天然でありながらも意図せずに本質をついてしまう田中くん。魔法使いの素質有り!?


今回は、久しぶりの日常コメディ回でした。クライマックスに向けて

シリアス展開が増えてますが、引き続き笑いも大事にしていく所存です!


よろしければ、ぜひ評価やブックマークなどで、皆様に応援いただけますと嬉しいです!


◇◇◇◇

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