51. 人造の神(AI)と、その魂(後)
その日の夜。開発二課の休憩スペース。
佐藤は自販機で缶コーヒーを買い、一人、今日の出来事を反芻していた。そこへ、同じように考え込みながら田中がやってきた。
「佐藤さん、お疲れ様です。さっきの会議、すごかったですね。でも、正直、まだピンと来てないんです。AIが賢くなって誤検出が減るっていっても…。僕たちのテストが楽になる以外に、どんないいことがあるんでしょうか?」
その素朴な疑問に、佐藤も「だよな…、俺もよくわからない」と頷きかけた。その時だった。
「――その疑問、待っていたぞ、二人とも!」
背後から、やけに芝居がかった声が響いた。振り返ると、そこには缶コーヒーを片手に、なぜか仁王立ちになっている佐々木の姿があった。
「佐々木課長…!お疲れ様です」
「ああ。お疲れ様。君たちの疑問はもっともだ!この佐々木浩介が、特別にレクチャーしてやろう!」
佐々木は得意げにそう言うと、二人の隣の椅子にどっかりと腰を下ろし、熱弁を始めた。
「誤検出が減ることの意味…。その前に、そもそも、我々が今、何をしようとしているか。その本当の大きさを、二人は理解しているかな?」
佐々木は、問いかけるように二人を見た。田中がこくりと頷き、佐藤も真剣な眼差しを返す。
「いいか。今の日本の行政サービスはな、言っちまえば、部署ごとに、時代遅れの通信端末…ガラケーやPHS、ポケベルを使ってるようなもんなんだ」
「ぴっち…?え?なんですか、それ?」
「ぐぅ…!なんということだ! 我が社にも、ジェネレーショナル・サイロ問題が、これほど根深く…!」
田中の疑問に、佐々木は悶絶しながらも、「ピッチ…PHSとは、数世代前の携帯電話端末…まあ、ざっくりいうとガラケーの仲間みたいなものだな」と気を取り直して説明をした。
「すごく古いスマホってことですね」と、佐藤が言い添える。
「そうだ。OSも違えば、充電器の形も違う。アプリの互換性も、もちろんない。だから、市役所と年金事務所とハローワークの間で、利用者の情報をやり取りするだけで、とんでもない手間と時間がかかってる。これが、俺たちが毎日戦ってる『レガシー』の正体だ」
その、あまりに身近で的確な例えに、二人は思わず頷いた。
「そこで『ハーモニーX』だ。俺たちが作ってるのは、その全ての通信端末を中継する、究極の『翻訳アプリ』であり、『共通OS』、あるいは『ミドルウェア』なんだよ。この基盤があれば、古いシステムは古いまま、無理に作り替えなくても、互いに『対話』できるようになる。今まで繋がれなかった情報が、初めて一つの意味を持つようになるんだ」
「そして、AI『アテナ』は、『ハーモニーX』を行き来して、あらゆる『システム』の情報の中から、必要なものを…人々が何を求めているのか、誰かの助けを求める声が埋もれていないかを見つけ、考え、『答え』や『助け』提供するための、俺たちの『目』であり『頭脳』であり、『手足』なんだ」
佐々木のその言葉に、二人は自分たちが作っているシステムの壮大さを、改めて認識させられた。
「だからこそ、『誤検出の削減』が重要になる。それは、単なる数字じゃない。国民一人ひとりの『日常』と『社会』そのものに直結するんだ!」
佐々木は、ぐっと身を乗り出し真剣な顔になった。「極端な例かもしれない」と前置きをして、重々しく切り出す。
「例えば、大災害が起きた時…SNSに溢れる『助けて』という悲鳴の中から、本当に救助を必要としている人を、AIが見つけ出すとしよう。もし、パニックになった被災者が、恐怖で少しだけ言葉を間違えたら?方言を使ってしまったら?AIがそれを『ノイズ』や『誤情報』だと判断して、その悲鳴を無視したとしたら、どうなる?たった一つの『誤検出』が、一つの命を見捨てることになるかもしれないんだ」
田中と佐藤は、息をのんだ。
「問題は、それだけじゃないぞ。先ほどの黒川と森田君、二人の議論…。AIの自己進化とバイアスについてだ」
佐々木は、一度、挑戦的な目で二人を見た。
「AIが自己進化して、その『判断基準』がバイアスを含み始めたら…、俺たち人間の意図と食い違っていったら、どうなるだろう。例えば…、そうだな。AIが『経済効率の最大化』を、いつの間にか最優先するように進化し始めたとしたら?」
「え…?」
「物流トラックや企業の営業車が最優先で道路を走り、そのために、俺たちの乗る電車やバスが、平気で何分も待たされることになるかもしれんな。一見、経済は回って豊かになるかもしれんが…。なんだかやりきれない気がするな」
二人は、AIの判断基準一つで、自分たちの暮らす街の風景が全く変わってしまうことを想像し、言葉を失った。
「だから、これは単なる技術コンペじゃない。俺たちが今作っているAIアテナは、これからの日本全体を動かす、いわば『魂』みたいなもんなんだ。――なぁ、二人とも。俺たちは、アテナに、どんな魂を込めるべきだと思う? それが、今、我々、技術者に問われている、一番重い問いなんだ」
「AIに、どんな魂を込めるか…ですか」
佐藤が呆然としたように呟いた。
「AIが生命を選別して、社会の在り方を決める…。それって、なんだか『神様』みたいですね!」
どこか熱に浮かされたような、田中の言葉。
その、あまりに本質を突いた言葉に、今度は佐々木と佐藤が言葉を失う番だった。
佐々木と佐藤の脳裏に、同じ人物の顔が浮かぶ。
『規格外』で『理知的』で『冷静』な…。『彼女の魂』がこもった社会は、どんな『調和』みせるのだろうか。
「――さぁ、そろそろ休憩は終わりだ!業務に戻るぞ!」
その沈黙を破ったのは、佐々木だ。彼は、意識的に思考を切り替えるように、パン、とわざとらしく手を叩いて、若手二人の背中を押した。
自分たちの仕事が持つ、計り知れないほどの重みと、その先に待つかもしれない壮大な未来、あるいは混沌。
彼らは、胸に、温かい誇りと共に、背筋が凍るような責任感が、ずしりとのしかかってくるのを感じながら、休憩スペースを後にするのだった。
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