31. 天使の計略とUNKNOWN CODE
夜のクラウド推進部。社員の大半が帰宅した後、森田愛莉は、一人、焦燥に駆られていた。険しい表情で、モニターを見つめ、指先は焦れたようにキーを叩き続ける。
(なんなのよ、これ…!AIコアの学習精度も、ボトルネックも致命的じゃない!こんなの、私の設計を使えば、すぐにでも解決できるのに…!)
この『プロジェクト』のリーダーは愛莉だ。
だが、高橋を筆頭とするチームメンバーは、彼女の設計を無視して実装を進め、国プロの心臓部たるAIコア『アテナ・ウィズダム』の開発は、停滞していた。これでは、埒が明かない。苛立ちがピークに達した時、脳裏に開発二課二人の顔が過った。
(…あの二人…使えるかもしれない…)
自分自身の思考に、愛莉は軽く唇を噛む。しかし、すぐに振り払うように顔を上げた。
( ……国プロの成功のため。『正当な業務連携』よ。決して、『借り』なんかじゃないわ…! )
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翌朝。開発二課に現れた愛莉は、儚げな声で佐々木課長に助けを求めた。
「私が開発しているAI『アテナ』が、技術的な壁に当たっていて…。『アテナ』は、国プロの成否にも関わる最重要モジュールなんです…!私、どうしたら…」
その潤んだ瞳と『国プロ』という言葉に、佐々木は即座に全面協力を快諾する。 愛莉は、パッと顔を輝かせると、結衣と黒川へ視線を向けた。
「芽上さん、黒川さん…ぜひ、お二人のお力を貸していただけませんか!?私…三人なら、奇跡を起こせると思うんです!」
結衣が静かに頷くのを見て、黒川は内心で舌打ちをした。
(……芽上のやつ、 あっさり引き受けやがって…!)
ここ数週間の『強制生活改善プロジェクト』により、ようやく彼女の体調も戻ってきたところだ。無理はさせたくなかった。しかし、当の結衣は乗り気で、佐々木もゴーサインを出している。畳みかけるように、愛莉が甘い声で懇願した。
「お願いです…黒川さんの力が、どうしても必要なんです…!」
ちらりと結衣に視線を送ると、彼女は無表情でこちらを窺っている。だが、その顔色はまだ万全には見えない。黒川は小さくため息をついた。
「……愛莉ちゃんの頼みだしな。仕方ねぇ、こいつがまたぶっ倒れねぇように、俺が見張っててやるよ」
ぶっきらぼうな黒川の言葉に、結衣は小さく微笑んだ。
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クラウド推進部のプロジェクトルーム。大型モニターには、『アテナ・ウィズダム』の複雑なシステム構成図が投影されている。
愛莉の的確な説明と指示を聞きながら、黒川は皮肉混じりに口を開いた。
「愛莉ちゃんがリーダーか、大した出世じゃねぇか。俺が知ってる限りじゃ、少し前は…『高橋さんの調査のお手伝い』とか言ってなかったか?」
その言葉に、愛莉の先輩である高橋の眉がピクリと動く。彼は、作り物めいた平静さの下に、嫉妬を滲ませながら割って入った。
「そうなんだ。愛莉くんの…若さと行動力が、どういうわけか上層部に高く評価されてね。僕は『指導係』として、彼女の才能をサポートしている…というわけさ」
愛莉は、その嫌味を完璧な笑顔でサラリと受け流す。
「高橋さんの的確なサポート、本当に、頼りにしています♡」
そのやり取りを、結衣は静かに観察していた。
(高橋さんの感情には、『嫉妬』、『不満』、『過信』が混在しています。この二人の関係性は、プロジェクトの潜在的リスク要因ですね)
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休憩で二人が席を外した隙に、愛莉が結衣の隣に座った。
「芽上さん、解析の進捗はどうですか?わぁ、さすがですね!芽上さんみたいな天才がいてくれると、心強いです♡」
惜しみない賞賛の言葉とは裏腹に、その瞳は鋭く結衣の反応を探っている。 結衣は、モニターから顔を上げ、静かに愛莉を見つめ返した。
「森田さん。高橋さんが担当されたモジュールですが、不可解な点がいくつかあります。意図的なパフォーマンス低下、エラーハンドリングの欠落。これは、単なる実装ミスではないかもしれません」
その核心を突く指摘に、愛莉の瞳が輝きを増す。
「そうなんですね!実は私も少しだけ、気になっていたんですけど…。高橋さんのやり方に問題があるわけないと思って。でも、芽上さんみたいに優秀な方が言うんだから、きっと変えた方がいいですよね?…でも、うまく説明できないかも……芽上さんから伝えていただけたら、助かります♡」
――その瞬間、結衣の瞳が、全てを見通すかのように、愛莉を射抜いた。
「森田さん。あなたの設計思想は合理的です。本来なら、この問題は解決可能でしょう。しかし、あなたはそれを実行しない。いえ、『できない』」
「高橋さんや、他のメンバーからの協力が得られず、あなたの『正しさ』が、組織の『不合理』に阻まれている。…違いますか?」
「だとしたら、なぜ、いつまでも『助けを求める天使』を演じているのですか?あなたの内には、全てを屈服させるだけの『支配者』の力が眠っているというのに」
愛莉は息を飲んだ。結衣への警戒心が、爆発的に高まる。それは、もはや恐怖に近しい感情だった。作り笑顔で必死に言い繕う。
「『支配者』って…!や、やめて下さいよぉ……!私は、ただ、皆さんと協力して、プロジェクトを成功させたいだけで……」
結衣は、愛莉のその反応――瞳孔の微細な収縮、心拍数の急上昇、声のトーンの僅かな不安定さ――から、彼女の動揺を読み取った。しかし、彼女はそれ以上追求することなく、「なるほど」と、静かに頷いた。
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夕方。作業に没頭する結衣の肩を、黒川が軽く叩いた。
「おい、芽上!根詰めすぎだ!また倒れたいのか?今日はもう切り上げるぞ!」
結衣は素直に頷き、PCをシャットダウンする。
愛莉は、その二人の関係性を――黒川の結衣に対する過保護な態度と、それに対して結衣が素直に応じている姿――を、面白くなさそうに見ていた。
「…黒川さんたら、まるで保護者みたい♡いつの間に、そんなに仲良くなったんですかぁ? 芽上さんも、もう少し自分で時間管理しないと。私たちが国プロの顔なんですから!」
その声に含まれた棘に、黒川は忌々しげに愛莉を睨みつける。
「うるせぇな。お前に関係ねぇだろ、俺たちがどうしようと」
黒川は、まるで彼女の存在など意に介さないとでも言うように、結衣を伴って部屋を出ていった。
しんと静まり返った部屋で、愛莉は握りしめた拳が白くなるのも構わず、ドアを睨みつけていた。 やがて、その表情から一切の感情が抜け落ちる。
(…本当に、イライラするわね、あの二人。私の完璧な計画に、ことごとくノイズを混ぜてくる…!)
だが、と愛莉は即座に思考を切り替えた。
(むしろ好都合かもしれない。彼らのその予測不能な動きさえも、私の計画に組み込んでしまえばいい。あの二人…芽上結衣の力も、黒川の執着も、使い方次第では私の計画の最高のスパイスになるはずよ…!)
もはや黒川をコントロールすることは不可能だ。
ならば、狙うべきは芽上結衣。黒川は、芽上結衣を見捨てられない。芽上結衣さえ、こちらの計画に巻き込んでしまえば、彼もまた、否応なく駒として動かざるを得ないだろう。
彼女の口元に、ゆっくりと自信に満ちた、そしてどこか妖艶な笑みが広がった。それは、結衣の言葉の通りの、絶対的な支配者の笑みだった。
『ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます♡
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天使ムーブかましてみました。滑ってすみません。感想、お待ちしております!(切望)
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