21. 天命(トップダウン)と現場の悲哀
佐々木がフロアを出て間もなく、彼のデスクの内線がけたたましく鳴った。
相手は「社長秘書室」。恐る恐る受話器を取った佐藤は、数秒後、顔面蒼白で電話を切った。
(社長が……直接、クラウド推進部へ…!?)
言いようのない不安に駆られ、彼はただ課長の無事を祈るしかなかった。
だが、その祈りは最悪の形で裏切られることになる。
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しばらくして戻ってきた佐々木の表情は、意気揚々と出て行った時とは似ても似つかない、硬く打ちひしがれたものだった。
そして、その隣には――挑戦的な笑みを浮かべた森田愛莉が、まるで勝利を誇示するように立っていた。
(え………? なんで……森田さんが、ここに……? しかも、課長の隣に…? 一体、クラウド推進部で、何があったんだ………!?)
呆然と佐藤が見つめる中、二人は雑多なフロアをすり抜け、その中央に進む
「全員、手を止めてくれ」
佐々木の声は、重く、感情が押し殺されていた。
「緊急の決定事項を伝える。我が社は、政府主導の『次世代行基プロジェクト』に正式参加することになった。来週のデモに向け、プロジェクト体制を緊急に変更する。…これは、社長直々のご指示だ」
フロアが息をのむ中、彼は続けた。
「当面のプロジェクト推進は、森田くんと芽上くんが中心となる。他のメンバーは、二人を全力でサポートするように!」
その宣言に、フロアは凍り付いた。
佐藤は、さっきまでの期待が裏切られ、頭が真っ白になる。隣では、黒川が「……つまり、俺は用済みかよ」と唇を噛み締めていた。
そんな中、結衣だけが、静かにフロアの状況を観察していた。
(外部からの、高優先度の割り込み要求と、要求定義の強制変更。そして、森田愛莉の役割増大。これは、チーム内のパワーバランスだけでなく、私の『観測環境』にも、重大な影響を及ぼすでしょう。……そして…)
結衣は、意識的に『女神としての超感覚』を展開し、周囲の戸惑い ―― 人間の奏でる『不協和音』を聴き……微かに息を付いた。
― 音がぼやけている。まるで霧がかかったように、輪郭を掴みきれない。
”芽上結衣”として人間界に降り立ってから、微かに観測していた『知覚』の違和感。それが、今や無視できないレベルに増大していることを、結衣は改めて認識した。
そして、凍り付いた空気の中、愛莉が一歩前に出た。彼女は、深々と頭を下げると、完璧な笑顔で言った。
「皆さま、急な話で驚かれたかと思います。至らない点も多いかと思いますが、社長、そして佐々木課長のご期待に応えられるよう、そして芽上さんの足を引っ張らないよう、精一杯頑張ります。どうか、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします、ね♡」
真摯に挨拶をし、そして最後に、ニコリと首をかしげた。
佐々木は、困惑が広がるフロアの様子を、硬い表情で見つめていた。落胆したように自分を見上げる佐藤の視線に気づくと、すまなそうに、わずかに視線を逸らした。
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( ―― 社長命令 )
佐藤は、呆然としながら、佐々木の言葉に唇を噛み締めた。
詳細は分からない。ただ、このトップダウンの決定が、ただでさえ揺れていた開発二課を、再び大きな混乱の渦へと突き落としたことだけは、火を見るより明らかだ。
佐藤は、重い気持ちでフロアの喧騒を見つめた。
佐々木の宣言に対する戸惑いや不満。森田愛莉への期待と羨望、あるいは諦め。
そこかしこに渦巻く、様々な感情。佐藤の胸にも、漠然とした焦燥感と無力感が押し寄せてきて、ギュッと拳を握りしめた。
開発二課、そしてプロジェクト『ネクストX』は、こうして新たな、そしてより困難な局面へと、否応なく足を踏み入れていくことになったのだった――。




