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調和の女神はデバッグがお好き  作者: 円地仁愛
第2章:神の御業と人の技
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12.『プロジェクト・ネクストX』始動

週明けの月曜日、横浜のデジタル・ハーモニー社本社ビル。


その最上階にある大会議室には、開発部のフロアとは明らかに違う、張り詰めた空気が漂っていた。集められたのは、開発二課のメンバー、クラウド推進部の代表者、そしてプロジェクトに関わる各部署のキーマンたち。さらに、役員席には人事部長の野村の姿もある。


「皆も承知の通り、これは単なるシステム刷新ではない。未来に向けた重要な一手だ!本プロジェクトの成否が、我が社の今後を左右すると言っても過言ではない。ここにいる諸君の専門知識と情熱を結集し、必ずや成功させてくれることを、切に期待する!」


役員の一人が、熱のこもった口調で冒頭挨拶を締めくくった。社運を賭けたプロジェクト、そのキックオフミーティング。ずしりとした重圧が、会議室全体にのしかかる。



続いて、プロジェクトリーダーに任命された課長の佐々木が、緊張した面持ちで立ち上がり、プロジェクトの概要と体制について説明を始めた。


「えー、ご紹介に預かりました、開発二課の佐々木です。この度、本プロジェクトのリーダーという重責を拝命いたしました。メンバー一丸となって、必ずや成功に導く所存です!」


そう言って、佐々木は深々と頭を下げた。その隣には、技術サポートとして芽上結衣が、そして主担当として、黒川が座っている。


「プロジェクトの主担当は、長年システムXの保守・運用に尽力してきた黒川君です。そして、技術サポートおよび最適化に関して、芽上さんにも協力いただきます。他の開発二課のメンバーや、クラウド推進部、関連部署の皆さんとも密に連携し…」


佐々木課長がメンバーを紹介していく。


(まさか、芽上さんがあの時、黒川さんへの『お詫び』として渡した計画書が、こんな社運を賭けたプロジェクトにまで発展するなんて…)


佐藤は、信じられない思いで二人の横顔を見つめた。結衣はいつも通りの無表情だが、黒川は、不本意そうな顔を隠しもしない。「主担当」と紹介された瞬間、舌打ちしそうになるのを必死でこらえていた。


(ちっ…どんどん大事になっていきやがる、最悪だ。…でも、愛莉ちゃんが見てるかもしれねえしな…カッコ悪いとこは見せられねえ…)


黒川の視線は、会議室の隅に座る、クラウド推進部の天使――森田愛莉の姿をチラチラと探している。彼の内心は、不満と下心でぐちゃぐちゃだった。



会議は概要説明の段階へと進んだ。モニターに、結衣が作成した一切の無駄を削ぎ落とした計画資料が映し出されると、彼女はマイクを取り、プロジェクトの基本方針を淀みなく説明し始めた。


「今回、レガシーシステムXの完全な置き換えは行いません。システムXの基幹(きかん)処理の一部は、そのままソフトウェア資産として維持し、それを新しいクラウド基盤上のマイクロサービス群と段階的に連携させていきます」


それは、予算とスケジュールの厳しい制約の下で導き出された、最も合理的で現実的なアプローチだった。


「既存システムの中枢ともいえるコアモジュール、通称『X-Core』ですが…」


説明を担当していた結衣が、わずかに言葉を切った。


「長年の改修により、内部構造は極めて複雑化、ブラックボックス化しています。ドキュメントとの乖離(かいり)も著しく、現時点での解析では、安全なインターフェース改修には相当な困難とリスクが伴うことが予測されます。この部分の攻略が、本プロジェクト最大の技術的課題となるでしょう」


彼女の淡々とした口調が、逆にその困難さを際立たせる。フロアに、改めて緊張感が走った。


質疑応答では、クラウド推進部の古井部長や高橋が、協力的な姿勢を見せつつも、クラウド基盤側の要求仕様については譲らない構えを見せるなど、早くも部署間の微妙な駆け引きが始まった。


愛莉は、「すごく大変なプロジェクトだと思いますけど、開発二課さんと力を合わせればきっと大丈夫ですよね♡」と、完璧な笑顔で当たり障りのないコメントをした。しかし、その笑顔の裏では、結衣と黒川の様子を鋭く観察し続けている。


佐藤は、その全てを胃の辺りを抑えながら聞いていた。プロジェクトの難易度よりも、このメンバー構成が不安で堪らなかった。特に、愛莉の存在。先日、垣間見た彼女の裏の顔が頭にこびりついて離れない。加えて、彼女に心酔している黒川と、ぶっ飛んだ能力と思考を併せ持つ結衣。不安要素しかない。




やがて、キックオフミーティングは、表面上は前向きな雰囲気のうちに閉会した。しかし、会議室を出ていくメンバーたちの表情は、期待よりも不安や緊張の色が濃いように見えた。


黒川は、早速、愛莉に声をかけようと彼女の姿を探した。しかし、目当ての彼女は他のクラウド推進部のメンバーと談笑しながら、あっという間にエレベーターホールへと消えてしまった。


黒川は、一人取り残され、「くそっ…」と、面白くなさそうに毒づいた。


結衣は、誰よりも早く自席に戻ると、早速、問題のレガシーモジュール『X-Core』の詳細な解析に取り掛かっていた。彼女の瞳は、困難な課題に対する、やりがいで満ち溢れている。


佐藤は、自分のデスクに戻ると、重い溜息をついた。これから始まるであろう、技術的な困難と、複雑怪奇な人間関係の嵐を思い、頭を抱えたくなる衝動を、必死にこらえるのだった。


『レガシーシステムX刷新計画』、改め『プロジェクト・ネクストX』。


それぞれの思惑と不安を乗せて、後戻りのできない巨大プロジェクトの歯車が、ゆっくりと回り始めた。



二章の開始です。一章は思いの外、コメディ強めになってしまいましたが、

第二章からは、レガシーシステムXを軸にIT要素を絡めて、少しシリアスなエピソードも

書いていきたいと思います!


読んでくださってありがとうございます!

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