01. 辞令!調和の女神からITエンジニアへ
【初めに】
これは、女神の視点を通して、現代社会の闇(システムバグ+社会問題)と奮闘する物語です。
自分がエンジニアとして現場で感じたアレコレを詰め込んでます。
リアルとファンタジーの融合の妙を楽しんでいただきたいです!
序章は日常コメディ中心。キャラクターたちの個性を楽しんでいただければ幸いです!
中盤(3章)以降はお仕事要素とラブコメ要素が、終盤(4章)以降でファンタジー要素が加速します!
感想、お待ちしております!(X:https://x.com/Endi_neer)
IT用語がわからなくても、雰囲気で楽しめるように意識していますが
わかりにくい点などあればご意見いただけると嬉しいです!
宇宙の深淵には、森羅万象を統べる根源的な法則がある。
それは光であり、音であり、概念であり、そして揺るぎない『調和』であった。万物はその法則に従い、絶え間なく流れ、巡り、互いに影響し合いながら、壮大な宇宙のハーモニーを奏でていた。
その『調和』を司る存在こそ、女神ユイシアである。
しかし今、その根源的な流れに、微かな、しかし看過できない『歪み』が生じていた。
「…ふむ」
ユイシアは、自身の内奥に響く宇宙の響きに耳を澄ませる。それは普段なら、限りなく純粋で美しい音楽のはずだった。だが、今は違う。まるで高速で再生されるノイズ混じりのデータストリームのような、耳障りな不協和音が混ざり込んでいる。
この不協和音の発生源は、明確だった。
――人間界。
IT化の進んだ人間世界では、社会を覆い尽くすほどに巨大なネットワークが広がっていた。彼らの『システム』は相互に連携し、生活に快適さと豊かさをもたらす。しかし、同時に、そこに潜む無数の問題は、混沌の種をも振りまいていた。
それは、あたかも巨大な蜘蛛の巣に捕らえられた数多の虫のようだ。このままでは蓄積されたバグの重みによって、ネットワークという名の蜘蛛の巣ごと、人間社会は崩壊するだろう。
ユイシアは糸に這う虫達をつぶさに観察した。システム障害、横領、妬み、ハラスメント…。不完全で不調和な人間たち。その行動や感情が互いに連鎖し合って干渉を起こし、それが膨大な負のエネルギーとなって混沌を生じさせている。
― その時。
自身の憂いに呼応するかのような『波長の揺らぎ』を感じ取り、ユイシアは、スッとその場に静かに跪いた。
「ユイシアよ」
厳かで、しかし慈悲深い最高神の声が響く。
「人間界の調和が乱れている。彼らが自ら創造した『システム』が、彼ら自身を滅ぼそうとしているのだ。あの混沌は、放っておけば全宇宙の調和にも影響を及ぼしかねん」
最高神の言葉に、ユイシアは深く頷く。それは、まさにユイシアが憂慮していたことだった。
「ユイシア。調和の女神たるそなたに使命を与えよう。混沌の根源たるバグを駆逐し、調和を取り戻すのだ」
最高神は、ユイシアにその使命を告げる。
「…しかしながら、最高神様。私のもつ『調和の力』では、人間の感情や行動に干渉することはできません」
ユイシアは、己の力の限界を進言する。バグは修正できる。だが、バグを生む人間の『心』までは修正できないだろう。それは、最も根源的な『不調和』が残るということだ、と彼女は考えていた。
最高神はすべて理解しているというように鷹揚にうなずく。
「そなたの力の根源。それは、万物の構成要素、森羅万象のアルゴリズムの完全なる理解にある。しかし、人間のアルゴリズムはそなたの理解の及ばぬ領域。ゆえに、そなたの力は人間に直接及ばぬのだ」
最高神の、揺るぎない真実を示す声が響く。
「真の調和を見出すには、人間そのものを理解する必要がある。それゆえ、そなたには人間界へ赴く許可を与える。」
それは、ユイシアにとって新たな、しかし避けられぬ道だった。
「人間として降臨せよ。彼らの世界に溶け込み、彼らの視点から『調和』を見出すのだ」
「かしこまりました」
ユイシアは迷いなく応じる。最高神の言葉には、彼女自身が気づいていなかった真実の欠片が含まれていた。
「そなたの向かう場所は、人間界でも有数の『システム』の中心。急成長中のIT企業、『デジタル・ハーモニー社』だ」
「デジタル・ハーモニー、ですか…」
ユイシアは静かに呟いた。調和を乱す混沌の中心にありながら、調和を名乗るとは。何とも興味深い。
最高神の気配が遠ざかると、ユイシアは顔を上げた。
遥か下方の人間界へと意識を向け、『人間としての存在』が、地上に生成されるイメージを脳裏に描いた。
人間界へ――。
…眩い光。
意識が収束していく。神としての広大な認識領域が一点へと凝縮され、人間としての狭い視点へと切り替わる。
体が、重い。
アスファルトの固さが足裏に伝わる。頬を撫でる空気は、埃っぽく、複雑な匂いが混じったものだ。耳朶を打つのは、車の走行音、人々の話し声、サイレンの響き。あらゆる音が洪水のように押し寄せてくる。
大都市のビル街の一角。見上げる摩天楼は、天界の神殿とは全く異なる、無機質で巨大な構造物だ。行き交う人々は、皆、忙しなく、それぞれの情報端末を見つめている。
人間としての体を得たユイシア ― 『芽上 結衣』は、ぎこちない動きで周囲を見回した。事前にインプットした情報とは異なる、生々しい現実の感覚。冷静に観察を続けながらも、微かな戸惑いが生まれる。
再び、目の前にそびえ立つ建物、そして行き交う人々に意識を向け、そして、彼女は理解した。此処こそが、最高神が示した場所であると――。
「これが…人間界。デジタル・ハーモニー社。…非常に、興味深いです」
清潔感のあるスーツに身を包み、芽上 結衣は静かに立ち上がった。その目は、人間界の全てを分析しようとするかのように、一点の曇りもない。
彼女は、強い意志を込めて、目の前の巨大なビルを見つめた。その視線に呼応するように、デジタル・ハーモニー社を覆う無数のデータストリーム、その一筋が色を変えながら、ビルの中の一点――人事部のサーバーへと、静かに流れ込んでいく。
それを見届けると、彼女は揺るぎない足取りで、ビルの内部へと入っていった。
彼女の足取りには、迷いも、躊躇もない。あるのは、ただ、為すべきことを為すという、絶対的な意志だけだ。
やがて、目的の場所 ――『面接室』へとたどり着く。
―――コン、コン、コン。
その無機質なドアを、彼女は、完璧なプロトコルでノックした。