オーガ、狩る
その時だ。
枝がしなる音がし、少女の隣にブルーグレーの何かが下りた。
骨の槍を持ち、防塵マスクのような形の仮面を被った、2mの筋肉質な人型。
額には厚い骨の外骨格と2本の突起。
その姿は例えるならば、地球の『オーガ(鬼)』だった。
少女が見た時、鬼は銃を構えていた。
片手持ちのソードオフショットガン。
バゴゥンという派手な轟音が響き、煙がボフンと広がる。
バフティースは音に驚いて緊急回避した。
脚がもつれて転びそうになりながら、直角に走り抜ける。
鬼は少女を庇う。
『「リオ」!隠れてろ!!
ただの空砲だ!まだ仕留めてない!』
仮面でくぐもった低い声。
「『ギーシュ』!」
少女・リオはクラーバを抱っこして木の後ろに隠れる。
鬼·ギーシュはバフティースを追った。
走りながら腕を振り被り、槍を投擲。
「ギャゥッ!」
腿に命中。速度は落ちたが、それでもバフティースは止まらない。
余計に興奮してギーシュに向かっていった。瞳孔を細め、荒い息遣いで涎を飛ばす。
『フーー……、血の気の多い野郎だ。
……だが、好きだぜ。「生きてぇ」ってガンガン伝わる奴はよお!』
彼は仮面の下で笑みを浮かべると、3mの距離を一気に跳んだ。
暴れるバフティースの背中に飛び乗り、胴にしがみ付く。
「ガファッ!!ォロロロロロロッーー!!!」
バフティースは跳ねたり、体を振り回したりして、必死で振り落とそうとする。
しかしギーシュが自分の手足の爪をバフティースの皮に食い込ませているので、いくらやっても落とせない。
激しい揺れの中、ギーシュは腰からダガーを抜く。幅広で、刀身におろし金に似た細かい槌目模様がある骨のダガーだ。
逆手持ちのそれでバフティースの頸部正面に突き刺すと、頸部横に向かってグイッと手前に引くように掻き切った。
血が噴き出て、動きが鈍くなっていくバフティース。
やがてふらりと横に倒れてしまった。
立ち上がるギーシュに、リオが駆け寄る。
『リオ、怪我はないか?!』
「うん!ギーシュ、ありがとう!
……バフティース、まだ生きてるね。」
悲しそうなリオ。自分を食おうとした相手とはいえ、血を流して暗い眼差しでこちらを見つめて死を待つ姿が、子供ながら可哀想だと思ったのかもしれない。
それに気付いたギーシュはバフティースの前で跪く。
『……今、こいつの厚い頭蓋骨やうなじの肉を貫いて1発で仕留められるような武器はねえんだ……。
そんな顔すんな。直ぐに止めを刺す。』
彼はもう一度ダガーに力を込めた。
リオは静かにそれを見守った。
終わると、ギーシュは疲れたように仮面を外した。
銀の髪のあちこちに留めた骨や木のビーズがジャラジャラいう。何房にも束ねたドレッドヘアのような髪型。
「ふぃー。」
素顔は鼻が低く、眉毛が無い。あと、虎のような目だった。上顎の犬歯と上唇が合わさっているのが、鬼というか洋画に出て来るモンスターっぽい。
「リオ。この時期は繁殖期で気が立ってる肉食獣がいるから、あんまり遠くに行っちゃ駄目だぞ?」
「ごめんなさい……。」
彼はこの星『カーネリオス』に住む、人間と同じ知的生命体『カニシアン』。主に狩猟を生業とする原住民族であり、数ある部族の中の『シッチ・カニス』の民だ。
基本は裸に腰巻と骨のアクセサリーの原始的な格好だが、不思議な事に彼は軍用のベルトポーチ、銃の弾など、文明的なアイテムも所持している。
彼はポーチからタバコを一本出して咥える。木の葉マークの紙パック入りだ。
口元で火打ち石のような金属片を擦って着火し、一服を始める。
見た目は鬼だが、やってる事は人間のオジサンと変わらない。
「それで、木の実集めは……、ほお、豊作だな!」
彼はリオが持っていた籠を拾う。
「あ〜ん。でも、摘み食いしたな?」
「ぅ!あぅぅぅぅ……!!!」
口をパクパクしてプルプルするリオ。
「隠しても無駄だぁフヒヒヒぃ!!
赤いの、スネイデリーの果汁がほっぺに付いているんだなあこれが。」
ギーシュは彼女の頬を爪でツンツンして責める。異星人でもニヤけ顔でからかう事は出来るらしい。
「ご、ごめんなさぁ〜い!」
手を挙げて降参のポーズ。
「別に怒ってねえよ。俺もガキの頃によくやった。
……さて、丁度肉も手に入ったし、メシにすっぞ。 果物忘れんな!」
彼が彼女の頭をポンポンと撫でてバフティースを背負うと、リオは表情をパアッと明るくした。
「ごはん♪ごはん!♪(可愛く)」
「ゴハァン!ゴハァン!!(野太く、力強く)」
2人は腹の虫を鳴かせながら小走りで帰った。