マスオ「お義母さんの腸内熟成カリー」
磯野家のある日曜日
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ある日曜日の昼下がり。春の陽気が差し込む磯野家のダイニングでは、香ばしくスパイシーな香りが漂っていた。
カツオ「うわぁ~! 今日はカレーか! やったー!」
ワカメ「お母さんのカレー、大好き!」
タラオ「ぼくも、はやくたべたいですぅ!」
皆が笑顔で盛り上がる中、一人だけ顔面蒼白になっている人物がいた。
マスオ「(こ、これは……! まさか……!)」
そう、彼は思い出してしまったのだ。数年前に起こった“あの悪夢”を——。
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3日前の磯野家のキッチン
フネがキッチンで静かにカレーを仕込んでいた。優雅な微笑みを浮かべながら、大鍋でじっくりと煮込んでいる。
フネ「マスオさん、知ってますか? カレーは寝かせると美味しくなるんですよ」
マスオ「はい、よく聞きます。翌日のカレーはコクが増して美味しいって!」
フネ「えぇ、それは普通の話。でもね、本当に究極の熟成カレーを作るには、さらに特別な方法があるんですよ」
マスオ「どんな方法ですか?」
フネは静かに語った。
フネ「一度、食べるの」
マスオ「え〜っ?」
フネ「それから、体内でじっくりと発酵させて……」
マスオ「お、お義母さん!?」
フネ「腸内で熟成されたカレーは、普通の寝かせカレーとは次元が違うんですよ。栄養価も高まり、味も深みを増すって、昔のお坊さんが言っていましたわ」
マスオ「いや、それって……!」
フネ「大丈夫よ。きちんと煮込めば無問題。」
マスオ「どこ情報なんですか!?!?」
フネは満面の笑みで鍋をかき混ぜていた。
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そして現在……
マスオは震える手でスプーンを握り、目の前のカレーをじっと見つめていた。
マスオ「(ま、まさか……)」
カツオ「マスオ兄さん、食べないの? すっごく美味しいよ!」
ワカメ「今日のカレー、いつもより味が深い気がするわ!」
タラオ「こくがあって、さいこうですぅ!」
家族全員が笑顔でカレーを楽しんでいる。だが、それこそがマスオにとっての恐怖だった。
マスオ「(み、みんな知らないんだ……これが“腸内熟成カリー”かもしれないってことを……)」
フネ「マスオさん、どうしました?」
マスオ「い、いえ……その……あの、今回のカレーは、どのように……?」
フネ「あぁ、今回は特に手間をかけましたよ」
マスオ「(ヒィィィ!)」
フネ「三日間、じっくりと発酵させて……」
マスオ「(や、やっぱり……!!)」
フネ「しっかりと時間をかけて旨味を引き出しましたの」
マスオ「(た、ただの熟成カレーだよな、そうであってくれ……)」
フネ「ええ、ちょうど腸内で——」
マスオ「やっぱりぃぃぃ!!!」
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逃亡、そして追跡
マスオは叫ぶや否や、スプーンを放り投げて立ち上がった。
マスオ「す、すみません! ちょっと会社に用事を思い出しました!!」
カツオ「え~? 日曜日なのに?」
ワカメ「会社って、今日はお休みじゃ……?」
タラオ「パパ、カレーたべないですか?」
マスオ「い、いや、ちょっと急ぎの案件が!! じゃ、じゃあまた夜に!!」
そう言い残し、マスオは玄関に向かって猛ダッシュした。
しかし——。
フネ「待ちなさい、マスオさん」
——いつの間にか、フネが玄関の前に立っていた。
マスオ「(な、なんだこの圧……!?)」
フネ「せっかく作ったカレーです。家族で食べるのが一番ですよ?」
マスオ「で、でも私、お昼はちょっと胃の調子が……」
フネ「大丈夫ですよ。腸内で熟成されているので、消化も抜群です」
マスオ「ヒィィィ!!」
サザエ「マスオ、どうしたの?」
マスオ「サ、サザエ~!! 助けてくれ~!!」
サザエ「なによ、そんなにカレーが食べたいの?」
フネ「仕方ありませんね。マスオさんには、特別に“大盛り”をどうぞ」
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エピローグ
こうして、マスオは家族全員の視線に見守られながら、泣く泣くカレーを口に運ぶことになった。
ひと口。
ふた口。
……意外と、普通に美味しかった。
マスオ「(……ん? これは……?)」
フネ「ふふ、マスオさん、どうです?」
マスオ「お、思ったより……普通のカレー……?」
フネ「当たり前じゃないですか。腸内で熟成なんて、冗談ですよ」
マスオ「えっ!?」
フネ「ふふふ……」
マスオ「(し、信じていいのか……!?)」
タラオ「パパ、おかわりするですか?」
マスオ「い、いや……やっぱり、しばらくカレーはいいかな……」
—— 完 ——